災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

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  この記事はジェームズ ダイソン財団の協力のもと執筆されました。

若手のエンジニアや科学者の育成に取り組む、ジェームズ ダイソン財団が主催するダイソン国際エンジニアリングアワード2023 (James Dyson Award 2023) 。co-mediaでは世界の若き発明家たちの挑戦を、連載特集として取り上げていきます。


ダイソンエンジニアリングアワード2023特集

第一回 【特別人道賞】自分の強みを人助けに - ポーランドの発明家Piotrさんインタビュー

第二回 「廃ガラス」で省エネを実現 - ダイソン国際エンジニアリングアワード2023

第三回(今回) 災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語


最終回となる今回は、国際最優秀賞を受賞した韓国の発明家Yujin Chaeさんへ取材させていただきました。Yujinさんとチームの皆さんは、「The Golden Capsule」という従来の点滴の概念を覆すような全く新しい点滴装置を作り、栄あるこの賞を受賞することとなりました。今まで点滴をする際には重い点滴スタンドなどの装置が必要であり、災害現場等での救急医療において点滴をすることは難しいと考えられてきました。しかし、この「The Golden Capsule」は従来の重力ではなく気圧差と弾性力を利用するという画期的なアイデアで、重くて機動性に難点のある器具を使わずに点滴を処方することを可能にしました。

これまでの災害現場の救急処置に革新を与えたYujinさんらの作品。彼らがどのような過程を経て開発したのか、今回の記事では皆様にお伝えできればと思います。


今回取材させていただいた方

  Yujin Chae さん
James Dyson Award 2023にて国際最優秀賞を受賞した、韓国の発明家。The Golden Capsuleの開発メンバー。

インタビューは英語で実施しました。翻訳したものを記事には掲載しております。(インタビュアー:岡田元 翻訳・執筆:深津昂生)


点滴処方に革新を与えたカプセルの開発物語


国際最優秀賞の受賞、誠におめでとうございます!
まず初めに、The Golden Capsuleを開発しようと思ったきっかけを教えてください。

Yujinさん ー このプロジェクトは私の個人的な経験を元に始まりました。私がコロナウイルスに罹患し入院していたとき、大きな点滴スタンドを持って移動することにとても不便を感じました。その時以来、点滴を処方された入院患者さんの移動の不自由さについて問題意識を抱えるようになりました。

また、メディアを通してトルコ・シリア地震を目にしたことをきっかけに、災害現場で負傷者を治療し、避難させることの難しさを痛感し、このような状況では従来の点滴の設備を整えることは非現実的であることがわかりました。

さらに、私たちのチームメンバーの一人である四川省出身のYuan Baiが、2008年に起こった温川地震での個人的な経験を私に話してくれました。彼女は大規模な災害を経験し、医療従事者の身体的ストレスを目の当たりにしたそうです。

これらのチームメンバーの経験を元に、私たちは災害現場での点滴処方の難しさについて考え始めました。病院では点滴スタンドはただ不便に感じるだけですが、災害現場などの状況下では、ただ不便であるだけでなく危険を伴います。これらの経験を踏まえて、私たちはThe Golden Capsuleを開発するに至りました。

災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

↑ 開発チームの皆さん。左からYuan Baiさん、Yeonghwan Shinさん、Yujin Chaeさん、Daeyeon Kimさん


ありがとうございます。
ご自身の経験とご友人の災害経験をきっかけに、この作品の開発に至ったということですね。
次にThe Golden Capsuleについて簡単な紹介をお願いします。

Yujinさん ー 危険で過酷な災害現場において、従来の点滴装置(重力に頼る方式のもの)の使用には限界があります。

まず第一に、救急隊員が点滴パックを何個も持ちながら、瓦礫だらけの山間部や狭い道を移動することは非常に困難であり、また負傷者の身体的損傷や体調の悪化を招く恐れがあります。

さらに、重力を利用した点滴方法では、緊急時に短い時間で必要な点滴を処方することが非常に難しいことも課題として挙げられました。

上記の課題を解決する装置がThe Golden Capsuleです。

この装置は電気や手作業に頼ることなく、負傷者の搬送段階で薬を投与することができます。そのため、救助隊は点滴パックを何個も手に持つ必要がありません。

また内部には、薬剤を充填した風船を含んでおり、点滴の注入速度の調節を簡単に行うことが可能です。そのため、手で点滴パックを絞る必要もありません。

さらに、ストレッチャーに簡単に取り付けられるため、救助隊にとって救助効率が向上します。


負傷者を救い、医療従事者にとって使いやすい装置を


次に、機能の紹介や工夫、開発段階で使えたアイデアなどを教えてください。

Yujinさん ー 分かりました。まずThe Golden Capsuleは、従来の重力を利用する点滴装置と異なり、重力の代わりに「弾性力」「気圧差」を利用しています。

この装置は、主な構造として透明な「シェル」と、シェル内部に存在する薬剤を充填した「風船」で構成されています。

製造過程で、カプセルの中の空気を抜き低圧にし、その後薬が風船に注入され、風船が膨張し始めるという仕組みです。この風船は、収縮はしやすいもののシェル内が低圧になっているため、風船内の薬剤が漏れ出す恐れはありません。

災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

また、従来の点滴装置と大きく異なっている点は、このThe Golden Capsuleは重力は必要ないため、高く持ち上げる必要がないという点です。もしこの製品を患者より低い位置に置いても、問題なく機能します。ストレッチャーベルトや救助者の体にこのカプセルを簡単に固定することもでき、これらは医療従事者が今までかかっていた手間を大きく減らすことができます。また、新バージョンのデザインには、吸引部分を追加し、いつ、どこでもリアルタイムで再充填することが可能になりました。

The Golden Capsuleは医療機器なので、医療従事者にとっての使いやすさと、負傷者にとっての安全性の確保が重要です。そのため使いやすさと安全性を向上させるために、医療専門家への取材を重ね、The Golden Capsuleはどんどん改良されていきました。処方速度を可視化する部品や、注入容量のマークを追加し、さらにローラーの位置を変更し、医療従事者がより快適に使用できるようにしました。

ブドウ糖風船の色も赤からオレンジに変え、より血液を連想させやすくしました。輸液の種類を示す文字に関しては、「DW(ブドウ糖)」「NS(生理食塩水)」など簡単な医療用語に変更し、文字のサイズも大きくしました。


重力に頼らなくてもいい点や、簡単に取り付けられるという点で、点滴の効率が格段に向上しそうですね。
それでは、この装置の使い方を簡単に教えてください。

災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

Yujinさん ー 本装置には、完全密封のための安全シーリングが施されています。この安全キャップはチューブからの空気の流入を防ぎ、ローラーを定位置に固定する役割を持っています。なので、本装置を使用する前に、この安全キャップを取り除く必要があります。

また、シェル内(風船の外側の部分)に空気が入ると、低圧にしてあったシェルの気圧差が徐々に上昇します。処方速度を変化させるには、空気が流入するチューブの上のローラーを操作してシェル内に入る空気の量を調整します。強力な弾力性によって、緊急時に必要とされる1.5倍(最高速度)の速度を実現しました。従来のように、医療従事者が手で点滴パックを絞る必要はありません。

災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

↑ 空気の流入速度を調整することにより、処方速度の調整が可能です


The Golden Capsuleが創る未来の姿


災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

↑ 開発中のチームの様子


この先、この装置をどのような場面で使用してほしいと思っていますか。

Yujinさん ー The Golden Capsuleは災害現場だけではなく、一般の病院や家庭、さらには非常時の状況下にも広く使用されることを期待しています。


それでは、今後そのような多くの用途で使用してもらうために、どのように普及させていこうと考えていますか?

Yujinさん ー 次の目標はこのカプセルの商品化です。光栄なことに、この国際最優秀賞を受賞後、いくつかの企業からオファーをいただいております。私たちの製品がいち早く災害現場で人の命を救うために使用されることを強く願っています。

現時点で韓国だけではなく、世界の政府機関からもこの装置は注目されています。そんな中で私たちは、この期待が一時的なものにならないよう、長期的に私たちの掲げる目標を達成できるパートナーを探しています。


最後に、The Golden Capsuleは今後、昨今の問題をどのように変えていくと考えられるか教えてください。

Yujinさん ー 「The Guardian of Golden Time(黄金の時間※の守り神)」 これが​​The Golden Capsuleのスローガンです。このカプセルは動力なしで高いところに持ち上げる必要がないため、多くの人を救うことができるでしょう。

昨今、戦争や地震などの災害が世界各地で頻発し、これらの悲劇はいつ何時、誰にでも起こりえます。そんな中、この装置は、世界中の人々の命を救うことができるかもしれない、私たちの命のような存在と言えます。

さらに、​​​​この装置の改良を重ねることにより、医療分野に新たな基準をもたらす可能性もあると私たちは思っています。

※ 黄金の時間 : 災害において人命が救助できる可能性のある時間。時間が経つにつれ生命の危険は大きくなる。

災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

↑ The Golden Capsuleの災害時での使用イメージ

​​​​取材へのご協力、ありがとうございました!
Yujinさんとチームの皆さんが、医療に更なる新たな光をもたらすことを期待しております。


ダイソン国際エンジニアリングアワードとは?


では、今回Yujinさんとチームの皆さんが国際最優秀賞を受賞されたダイソン国際エンジニアリングアワードについて少し紹介させていただきます。

災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

ダイソン国際エンジニアリングアワード (James Dyson Award) とは、世界的な家電メーカー・ダイソン社の創業者であるジェームズ・ダイソン氏(左上の写真)の財団が主催するエンジニアリングアワードです。社会課題の解決のための新しいアイデアを賞し、発明家の卵たちを育成することを目的としています。

本アワードに応募される作品は、全て学生自らが身の回り、あるいは世界が抱える社会課題をデザインやプロダクトの力で解決しようと開発したものです。彼らの作品が今後改良されながら世の中へ広まっていくことを支援することで、ひとつずつ社会課題を解決し、誰もが生きやすい社会づくりを実現できることが、本アワードの存在意義となっています。

ダイソン国際エンジニアリングアワード (James Dyson Award) のウェブサイト


災害医療を革新する 〜 重力を使わない点滴カプセルの開発物語

↑ 国際最優秀賞を受賞したチーム(右)とテレビ会議で話すジェームズ・ダイソン氏(左)

ジェームズ・ダイソン氏はThe Golden Capsuleに関して、次のように述べています。

「チームは、被災地における重力と電気に依存する既存の静注方法の限界を明らかにしました。『The Golden Capsule』は、加圧ブラダーを使用した、より実用的なハンズフリーのソリューションです。例えば患者の側面に固定するなど、どこにでも配置できます。ゆっくりと収縮し、患者に点滴が注入できるため、その間医療従事者は他の救命作業に取り組めます」。


まとめ


いかがでしたでしょうか。医療界に新たなイノベーションを起こすYujinさんとチームの皆さんの今後に注目です。

より詳しい情報は以下のリンクより見ることができます。


ダイソン株式会社のプレスリリース「ダイソン国際エンジニアリングアワード2023、国際最優秀賞3作品が決定」

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000114.000042335.html


ダイソン社ホームページ「2023 James Dyson Award Global Winners announced」

https://www.dyson.co.uk/newsroom/overview/news/november-2023/james-dyson-award-2023-global-winners


また、以下のJames Dyson Foundation(ジェームズ ダイソン財団)の公式YouTubeチャンネルの動画では、The Golden Capsuleの開発の様子や、ジェームズ・ダイソン氏からのインタビューなどを観ることができます。ぜひご覧ください。


公開日:2024-02-02





この記事を書いた学生ライター

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