今回は、日本の有機農業を促進するため、独自の視点から製品を開発する株式会社ハタケホットケ代表の日吉有為様にお話を伺いました。日本の農業の現状を知る1つのきっかけになればと思います。
日吉有為さん 株式会社ハタケホットケ代表取締役。2020年に東京都港区から長野県塩尻市にコロナ疎開で移住。そこで初めて稲作のお手伝いをしたことから農業に興味を持つ。翌2021年夏、田んぼの除草作業が大変すぎて解決策を探し始めたことから、友人の発明家の力を借りて仲間と共にミズニゴールを開発。会社を立ち上げる。 |
インタビュアー
高橋利幸 東京大学1年生(理科一類)。大学入学後、ウェブメディアの企画・編集や、教育系の学生団体にて広報を担う。宇宙工学やAIに興味あり。 |
ハタケホットケとは?
本日はよろしくお願いいたします。
初めにハタケホットケ様がどのような会社なのか、簡単に教えていただいてもよろしいでしょうか。
日吉 ー よろしくお願いします。
私たちは今まで誰も手を付けてこなかった、しかし今の技術であれば解決できる農業の課題に取り組んでいます。技術を利用して農家さんたちの負担を減らすことを目標に活動しています。
ハタケホットケという会社名は、人の手をかけることなく、畑を ”放っておいても” きちんと作物が育つような技術を提供したいという想いから名づけました。
↑ ミズ二ゴール:田んぼの土を自動で撹拌し雑草の光合成を妨げ、除草の手間を減らしてくれるロボット 画像提供:株式会社ハタケホットケ https://hhtk.jp/
日本の農業の現状〜まだまだ少ない有機農法
ありがとうございます。それでは日本において農業に関するどのような社会課題があるのか、詳しく教えてください。
日吉 ー 少し抽象的な言い方になってしまいますが、私たちが食べているものが案外脆弱なシステムの上に成り立っているということ、と表現できるかと思います。
日本の農業の現状をお話しますと、99.4%が慣行農法(化学肥料と農薬の両方を使った農法)で行われています。皆様もよく有機農法・有機野菜という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、実際日本では0.6%しか行われていないのです。
品目別で見てみるともっと極端で、日本人の主食であるお米に関してはたった0.08%しか有機栽培で生産されていません。
化学肥料の9割は輸入に頼っています。日本の食料自給率(カロリーベース)38%のうちの99.4%が化学肥料の使用を前提とし、その9割が輸入であると考えると、実際に国内で生産できる食料がどれほど少ないかがお分かりになるかと思います。
もし何らかの要因で物資を輸入できなくなったら、日本で生産できる食料は激減しますよね。
なるほど…。実際に数値を見てみると、思っていたより低くて正直驚きを隠せません。
日吉 ー そうですよね。
現在国としては、2050年までに有機農法の割合を25%にしようという目標が、農林水産省によって掲げられています。
県にも市町村にも有機農法を推進しようという動きはすごくあるんですけど、今までやってこなかったことなので、有機の栽培方法に関してはノウハウが少ないんです。
土の中の微生物の働き1つを取りあげてみても、化学肥料があると活発になる菌がいたり、逆に肥料がない環境で活発になる菌がいたりと、単純に農薬や肥料を使うのをやめればいいというわけではありません。有機農法か慣行農法か、または自然栽培かによって、必要となってくる前提知識や技術も大きく変わってくるのです。
私たちはコロナ禍前までは東京で別の事業をやっていたんです。でもコロナをきっかけに地方に移り住んで、その地で農業のお手伝いを初めて体験しました。そこで今お話したような日本の農業の現状を知って、これは何とかしないといけないと思ってハタケホットケを立ち上げたんです。
画像提供:株式会社ハタケホットケ https://hhtk.jp/
ミズ二ゴールで農業の課題解決へ
コロナ禍という1つのきっかけが、日吉さんたちの行動を生み出したんですね。
日吉 ー 東京にいると、社会課題や地域課題といったものを肌で感じることは正直ほとんどないですよね。しかし田舎では、何十年も前から未解決のままの課題が山積みになっているのを目の当たりにするんです。移住し生活してみて、初めて知ったことが沢山ありました。
高度成長で日本のGDPが世界2位になって、日本は海外から物を買った方が効率いいため、食糧生産は海外に任せようという政策を取った過去があります。しかし30年以上経った今、状況が完全に変わってしまっています。
だからこそ輸入資材に頼ることなく、国内だけで循環できるような農法を確立したいんです。
その想いからミズ二ゴールが生まれたというわけなんですね。
日吉 ー そうなんです。有機農法をしている農家さんは今まで、泥を攪拌して雑草を育ちにくくする作業を人力で行っていました。朝早くに起きて毎日日が暮れるまでやっていたんです。
歯を食いしばって頑張っているというのが現状です。正しく根性論ですよね。
自分たちがお米作りのお手伝いをさせていただいた時は、2枚で2000平米の田んぼでしたが、未経験の大人7〜8人での除草の作業は本当に大変でした。「こんなに大変な作業だったら、誰かが解決策を作っているだろう」と思ったんですが、驚いたことに誰も実現できていないようでした。
お米を育てるのを除草剤なしでやるとしたら、限界値が10ヘクタールくらいと言われています。というのも、先ほど話した草取りという作業がボトルネックになっているため、これ以上枚数を増やすのは簡単ではないんです。
そこで私たちが選んだのはロボティクスで農業を改善するということです。ロボティクスでは作業自体を自動化して、環境や作物そのものには何も手を加えません。
農業の生産性を高める方法としては新薬や遺伝子技術などがありますが、比較的歴史が浅く、それらが人体や自然環境にどのような影響を長期的に与えるかが未知数です。そのリスクを避ける方法論を私たちは取りたいとも考えました。
ミズニゴールで泥を巻き上げる作業を自動でできるようにすることで今まで人的、時間的に負担が大きかった作業を労力をさほどかけることなく行えるようになります。除草作業というボトルネックの解消によってお米の有機栽培が進むことが期待できます。
画像提供:株式会社ハタケホットケ https://hhtk.jp/
大変な作業にもかかわらず、解決されていなかったんですね…。
やはり現地で実際に課題を目の当たりにすることが重要なのでしょうか。
日吉 ー 今の技術を応用すれば解決できる課題がそのままになってしまっているのは、やはり問題だと思います。有機農法に取り組んでいる農家さんが、当たり前のように根性論だけで頑張っている現状はどうにかしなければいけないと思います。
また、農業という世界は人によって方法論や見解が違うことが非常に多く、時には真逆なことすらままあります。個人が持っている情報や経験、バックグラウンドも違うので普遍的なルールがない世界だと感じます。
田んぼの状況にしてもその土壌にどんな微生物がいて、どんな影響をもたらしているのかが変わってきますから一般化が難しいです。
人の体質と同じように、田んぼも1枚1枚土壌の質が異なっているので、私たちのような外部から入ってきた人間が持つ素朴な疑問が良いきっかけになることもあるのではないかと思います。
状況がそれぞれ違うからこそ、多くの田んぼで必要となる草取りという作業を自動化するミズニゴールの開発は重要になってきそうですね。
開発した製品は現在どのように使われているのでしょうか?
日吉 ー 除草剤不使用の栽培に取り組んでいる農家さんに、有償ではありますが、実証実験にご参加いただいています。
実際に使っていただくことで、現場の方々の声を取り入れ、プロトタイプを完成させていきたいです。
ミズ二ゴールに関しては元々自分たちが草取りをしたくないから作り始めた機械ですが、法人化し、クラファンをやり、実証を重ね、投資家さんたちとお話をしていく中で、50年後100年後にどのような環境を次世代に残していくかが自分たちのビジョンになってきました。
その点からすると、今の0.6%の有機でやっている人たちだけでなく、慣行農法の農家さんたちに、いかに有機や除草剤不使用の農法に転換してもらうか、というところも課題としてはありますね。
画像提供:株式会社ハタケホットケ https://hhtk.jp/
日本の農業をさらによりよくしていくために
99.4%の人たちをどうひっくり返していくか、というところがゴールにあるんですね。
そのために、今他に取り組まれていることはありますか?
日吉 ー お米を買い取る事業も始めています。
農家さんたちはやはり事業としてやっているので、経済合理性が重要となってきます。
お米の出口を作ることで、今までの方法よりも利益が出せる状況ができればと思っています。
除草に手間がかかる分、それを補い余るほどの利益が確実に出せる状態が作れれば、みんな無農薬に乗り換えていくはずです。出口がちゃんとあるということと、成果がちゃんと出る、ということを実証することで、ドミノのように除草剤不使用の農家さんが増える、そのような環境を作っていきたいと思っています。
もちろん簡単に乗り換えてくれるというわけではありません。
農家さんたちには「こういう新しい薬や肥料で収量が増えますよ」、「この資材を使うといっぱい作物が取れますよ」というような情報がたくさん入ってきます。また多くの方が研究熱心で、毎年改善を試みています。
色々と新しいことにトライしますが、必ずしもうまく結果が出るわけではないので論より証拠、自分の圃場で現実的に起きることを重視する傾向があります。
面と向かって否定されたりはしないですが、すぐに取り入れていただくということは難しいですね。
やはり仕組みとして利益が得られるという環境を作ることが大事なんですね。
今後の展望としては、今やっている実証実験の段階から、自分達で有機のお米の流通経路を作って、一つの市場として確立していく、という感じなのでしょうか?
日吉 ー 国内で有機作物の市場は限られています。
有機で野菜やお米を売っている大手の会社は多く、そこと面と向かって競争していくのは現実的ではありません。
そのため、できるだけ海外に売っていきたいと思っています。輸出すると日本で販売するのと同じか少し高めの値段を設定することもできますからね。
細かい話をすると、日本では米を減らす減反政策をしているため、米を増産することは難しいですが、最初から「輸出用」として生産すると、国内の市場と競合しないため、優遇措置がとられるんです。
そういったところも含めて、農家さんの利益を上げていければいいなと思っています。
有機のお米に対する需要は確実にあると思います。
消費者の立場として、有機のお米や野菜は食べたいと思うし、需要と供給をうまく結びつけて解決できればいいですね。
日吉 ー こうやって取材をいただいて、メディアの力もお借りして人々の食に対する意識が少しでも変わるといいなと思います。
画像提供:株式会社ハタケホットケ https://hhtk.jp/
終わりに
本日は貴重なお話をありがとうございます。
最後に、co-mediaは「若者の視野を広げる」と言うことをテーマにしているので、ハタケホットケ様のように何か新しいことを始めようという人に向けて、メッセージをお願いします!
日吉 ー 僕たちはもう50歳なんですけど、この年になってこんなことをやるとは思いませんでした。
今はベンチャーみたいな感じなのですが、これまでは会社を24年経営してきて、ずっと六本木に住んでいました。
都心の真ん中で生活をしてきて、田舎で農業なんてすることはないだろう、と思っていました。しかし、夏場日焼けをして土にまみれながら田んぼに入るといったことを、なぜかこの歳になって始めてしまいました。
50歳からでもできたので、20歳前後だったら本当になんでもできると思います。今の時代、自分が何を成してきたかがきちんと評価される時代になってきていると思うので、ぜひ学生のうちに自分が少しでも興味がわいたことがあったら挑戦してみてください。
もちろんそれが必ず上手くいくわけではないですが、失敗してもきっとまだ20代じゃないですか。そこからまたなんだってできますよ。
その地が田舎でも海外でも、恐れず新しい世界に飛び込んでみてください。
公開日:2024-01-29