こんにちは。co-mediaライターの戸名康平です。
今回は元消費者庁長官で、現在伊藤忠商事の社外取締役としても活躍されている伊藤明子さんに、官僚時代に関わった地方創生についてお話を伺ってきました。「地方創生」という言葉が生まれる時代から官僚として活躍された伊藤さんならではのお話をたくさん聞くことができました、ぜひお楽しみください。
戸名:今回はインタビューを引き受けてくださりありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします。まず、簡単に自己紹介をお願いします。
伊藤:ありがとうございます。私は1984年に建設省(現国土交通省)に入省しました。基本的には、建設技官として住宅やまちづくり、建築ベースで仕事をしていました。地方は兵庫県の宝塚市役所に出向しました。地方創生など、内閣官房にも3回いって住宅局長や消費者庁長官を務めました。退官後は各地のまちづくりのお手伝いのほか、伊藤忠商事の社外取締役になっています。
戸名:ありがとうございます、では早速質問にうつらせていただきます。
人口が全体として減少してくる中で、地方はかなり限界を迎えてきていると思います。こうした、いわば非常事態で、国が地方創生において果たしている役割や課題はどんなものだと考えられますか。
伊藤:まず、地方創生の意味は危機感・課題の可視化と共有です。人口問題はじわじわ起きるものなのですが、消滅可能性自治体という形で示されたことにより地方の人口減少が取り組むべき課題として共有されました。
また、地方創生の根本課題として、どうして日本では東京にこんなにも人が集中するのかという構造的な問題をもっと分析・議論する必要があります。
加えて、かつての全国総合開発計画(国土の有効活用、社会環境の整備に関する長期計画。現在は国土形成計画)が華やかだったときと違い、国が国の形をあまり議論しなくなったことも課題ですね。省庁再編で横串をさす役割を果たしていた国土庁が国土交通省と一体となり、実際は違っても、国土交通省イコール公共事業のためのものだと思う人もいるかもしれない。加えて、地方分権の流れもあり、「あるべき国の形」を国が示しづらくなった。その結果、方向性は出すものの、地方創生が今のような、市町村単位でそれぞれ頑張っているのを応援する形になっているのではないでしょうか。
あと、「地方」と一括りで語ることはできません。例えば、地方の中心都市(政令指定都市や県庁所在地など)は周りから人口を吸収しているので、そこまで危機感を持っていないと思います。一方で、全国各地に限界を迎えている地方自治体も数多くあります。そもそも危機感がないと取り組みを始めるきっかけもないため、経済的・人口的に規模の大きな都市が取り組みに積極的になりにくいですね。
戸名:省庁に長くいられたからこその意見ですね。ありがとうございます。省庁再編は少し予想外でした。では、次の質問です。このような問題がある中で、伊藤さんが関わられてきた、「ひと」という面から見た地方の課題は何だと考えますか。
伊藤:地方が一番困っているのは人材不足ですね。ただ人を送り込めばいいということではなくて、その地域を大事にして、支えていきたいという人がどのくらいいるのか、という問題です。今はそういう地域を活性化する人がどんどん減っていっています。また、地方をそもそも知らない人が増えていることも問題ですね。東京圏生まれの子供が3割(2022年生まれの子どものうち29%が東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県)を超えているので、今からの世代のなかで、出身地域の多様性が失われているとも言えます。だから、知識として知るだけではなくて、観光でもいいから実際に訪れて知ることが必要だと思いますね。例えば、今の子供たちは北海道について「面積が大きい」ということや「酪農が有名」ということは知っていても、訪れたことがなければ真っ直ぐに伸びていく広い道や独特の空気感というものを体験できてはいません。修学旅行で海外に行く人も多いし、地方はもはや「発見」されるものになってしまいましたね。
戸名:なるほど、地方が「発見」されるということは確かにそうかもしれません。若いうちに地方を「発見」する機会は少なくなっていそうですね。
戸名:官僚として長いキャリアを歩まれた伊藤さんに関連してお聞きしたいのが、官僚の方の地方出向についてですね。官僚の方が地方出向や地方創生分野に出向をするメリットはどのようなものだと考えますか。
伊藤:私が地方創生をやってよかったことの一つは、地方創生という観点から、様々な省庁の政策を見られたことですね。内閣官房は色々な省庁から官僚が集まるので自分の省庁の考え方を相対化できるのもメリットです。また、地方出向についても、もちろん地方について知る、現場について知るという機会として大切です。物事は結局は現場で動いているので。もう一点、早くにマネジメントを学ぶことができることです。自分より年が上の人にどう動いてもらうか、そういうところも学ばなければならないので。
戸名:僕も美濃加茂市に夏に行って実際の行政の仕組みや現場の状況などを体感できたので、現場を知るということは大人になっても意外と大事なのですね。
伊藤:そうですね。ただ、今まで中央省庁の官僚が地方の現場を知るために行ってきた地方出向にも課題はあります。最近は官僚の数そのものも増やせないなか、やめる人もいるので若手を地方に出向させることが難しくなりつつあります。霞が関で官僚としての経験を積んでもらいたい面もあるので悩ましいです。
戸名:理想としては地方にも行きたいけれど、なかなか難しいハードルもあるのですね。
戸名:ここからだいぶ伊藤様の専門に近い話になりますが、最近空家等対策特措法が改正され、管理不全空家などが法律に文言として盛り込まれました。空き家は地方で都市部では危険に、中山間地ではコミュニティの崩壊の危機に繋がります。このような空き家を抑制しようとする国の動きというのは伊藤様はどのように見られますか。(今回の改正では代執行で空き家を取り壊すよりも早い段階で、いわば予防的措置として管理不全空家として指定することで空き家問題にメスを入れています。)
伊藤:そもそもなぜ空き家問題を国が対処しなければならないかというと、安全という観点がまず最初に来るんですよね。通学路に空き家があって倒壊すると大変ですし、防犯も心配です。
これは災害などでも言えることなのですが、国は、何か問題、危険の発生に対して対応するというスタンスをとります。国は必要最低限のことを担うという考えです。国がなんでもやってしまうと、国の仕事が肥大化してしまいます。各々の事情を踏まえるという謙虚さも必要なのかなとも思います。
ただ、最近の能登地震でもそうですが、実際に災害が起きてからでは遅いという議論があり、予防の観点も取られるようになりました。医療などではよくある考え方ですよね。病気になってから対症療法をするよりも根本を断つ方がコストもかからないです。実際に病気になる前にその元から対策していく、今回の改正も早めの対応や活用に目をつけていて、そのような側面を持っているのではないかと考えています。
戸名:ありがとうございます。行政からの視点というのは、大きい力を持っているが故に謙虚さも忘れてはならないということもあり面白いですね。ただ、国は行政だけで成り立つわけではありません。これからの日本をかたちづくっていく若者のみなさんにしてほしいなと思うことはありますか。
伊藤:今、社会では多様性が大切だといわれていますが、身近なものとして現場、特に地方をもっと知ってほしい。日本ってすごく面白くて素敵な場所がたくさんあります。例えば、地方の企業でも世界シェアがとても高かったり、ニッチだけれどもすごい技術を持っていたりする企業は数多くあります。しかし、そのような企業の多くは知名度が低く、就活の際にも選ばれにくくなっています。
これはあくまで一つの例ですが、そういう地方の面白いことを自分の目で確かめ、社会で活躍してほしいと思います。
戸名:なるほど、国のスタンスというのもどうあるべきか、これからも考えていかなければならないトピックですね。今回は地方創生というテーマでインタビューをさせていただきましたが、本当に幅広いお話をありがとうございました。
伊藤さんの官僚としてのキャリアを深堀した記事も公開予定なので、ぜひそちらもチェックしてみてください!
公開日:2024-03-04