皆さんはオーケストラの演奏を聴いたことがありますか?クラシック音楽好きの方はもちろん、学校の芸術鑑賞等でも聴いたことがある方もいらっしゃると思います。しかし、オーケストラ団員になる方法やどのような風にお仕事をされているのかをご存知の方は少ないと思います。
そこで今回は「朝活ネットワーク名古屋」さんへ伺い、『あなたの知らないヴァイオリンの世界』というオーケストラのヴァイオリニストの方の講演イベントを取材させていただきました。
本イベントでは、プロのヴァイオリニストしか知らない貴重なお話を沢山伺うことができたので、ぜひご一読ください。
大竹倫代(ヴァイオリニスト) 東京藝術大学卒業。チェコ共和国のプラハ音楽アカデミーに留学。現在は名古屋フィルハーモニー交響楽団のヴァイオリニスト。
大竹さん ーー 音楽大学を卒業しても、オーケストラに入団するのは超難関です。私の所属するオーケストラでも先日ヴァイオリンのオーディションがありましたが、1人の枠に65人の応募がありました。
ヴァイオリンの場合は人数が多いのでまだ時々枠が空くこともありますが、トランペットやフルートなどは枠が少ないため、一人の枠に100人を超える応募があることもあります。
近年さらに入団が難しくなった理由として、一つには産休育休など労働条件がしっかりしたということもあります。昔は未婚の女性音楽家が多かったですが、近頃は家庭と両立している音楽家もいます。
昔は「親の死に目に会えないと思え」と言われたくらい、本番が入れば絶対休めないという風潮がありましたが、今はふつうに休みを取ることができます。だいぶ働きやすくなったのではないでしょうか。もうひとつはインターネットで募集するようになったので、世界中から応募が可能になったということもあります。そのため現在はブルガリアやイスラエルなどいろいろな国からの団員がいます。
またフリーの音楽家の方はここ数年コロナ禍で仕事が無く大変だったと思います。その意味でもオーケストラに就職する人気は高まっているのではないでしょうか。
ときどきお給料について「出演の回数ですか?」聞かれますが、私の所属するオーケストラでは月給制です。たとえば「新世界より」の40分間の演奏中にシンバルはたった一回だけの出番ですが、同じお給料です。
私たちヴァイオリンは「音符の数でお給料ちょうだい~」とよく言っています(笑)。
コンサートの回数は、多い時で1年間に130回以上ありました。そのうち9割は出演します(1割は降り番といってお休み。)
私たちプロは集まった時には練習は出来ていて弾ける状態なので、パート練習などはありません。集まって練習するときは、指揮者の要望を聴き音楽的に合わせていくことをします。
これも国によって違いがあるようで、日本のオーケストラは最初から音がそろっているが、イタリアではそうでもないとも聞いたことがあります。大変なときは1回の合わせ練習だけで次が本番のときもあり、次の週はまた違う大曲の本番があるので、自宅での練習が大変です。
みなさんの普段聴いている音の周波数は440Hz(ヘルツ)です。実はオーケストラ毎に基準が決まっていて、日本のオーケストラは442Hzのところが多く、ウィーンフィルなどヨーロッパでは444Hzと若干高いところが多いです。
オーケストラでは舞台袖でまずオーボエが「ラ」の音でチューニングして(音が安定していて聴き取りやすいため)、舞台に上がってからコンサートマスターがその音に合わせ、それを楽団全員に伝えるという方法で音を合わせています。
またみなさんはオーケストラでヴァイオリンが2人ひと組で譜面台を使っているのを見たことがあるでしょうか。これはヴァイオリンはずっと音を出していることが多いので、譜めくりによって音が途切れないようにするためです。アマチュアのオーケストラを聴いていたときですが、朗々と流れる旋律の途中に、みんなが一斉に譜めくりをした結果、一気に音が半減してがっかりしたことがあります。これではメロディーとして台無しなので、私たちはいろいろなワザを使って旋律が途切れないように気を付けています。
ヴァイオリンの仕組みはご存知でしょうか。小学生には「木の箱に羊の腸(弦)を張って、馬のしっぽ(弓)でこすって音をだすんだよ」と説明しています。
私の楽器は、18世紀のイギリスで製作された、250年弱も経っている楽器です。材料としては、大部分は軽くて強いボスニア産メープルの木で出来ています。中でも弦の張力がかかる大事な表板は、スプルース(ドイツトウヒ)という特別な木で出来ています。これはしなやかで強いのに、軽く、音響伝播速度が速いのが特徴です。
でも私たちに「その楽器のお値段は?」と聞くのはNGですよ(笑)。楽器の値段は需要と供給のバランスで決まっているところもあるので、ウクライナ戦争のせいで流通が滞り、楽器の値段は高騰傾向にあります。
弓はブラジルのフェルナンブコという大変貴重な木を使っています。絶滅の恐れがあるとのことで2007年にワシントン条約で規制がかかり、さらに象牙並みの規制の厳しさになりそうなので、もうこの種類の弓は輸入出来ないかもしれないという恐れがあります。せめて音楽家にはなんとか、、と嘆願書を出したりしています。
楽器工房の方によると、先代が若い時に買い付けた木が、60年経って乾いてやっと2代目が楽器製作に使えるようになる、という気の長い話です。ストラディバリウスやガルネリといった世界的に有名な楽器も、その製作者の才能はもちろんのこと、その工房に代々受け継いだすばらしい木の材料があってこそなのです。ストラディバリウスの音色が再現出来ない理由の一つに、当時小氷河期で地球が寒かったので、年輪の密度が詰まって整っている木があったが今は手に入らない、という話もあります。その意味でもヴァイオリンは総合的な芸術品だと思います。しかも美術館に保存されている芸術品ではなく、今も数百年前の楽器が活躍しているところがすばらしい。音を出していないと楽器は音が響かなくなるので、お蔵入りしていた楽器はまた鳴り始めるまできちんと調整されたのち何十年もかかるのです。
ヴァイオリンの箱の中には「たましいの柱」魂柱(こんちゅう)が立っています。魂柱により音が裏板まで振動し、楽器全体に音が響くようになるとても大事なもので、文字通り「たましい」です。0.1mmでも動かすと音が変わるので、楽器工房の方と相談しながら微妙な位置を調整していきます。また、例えばA線の弦は0.25から0.28までの細さのバリエーションがあるのですが、私たちは「0.26と0.27とどっちにしよう」といったとても細かいことで悩みます。弓につける松脂も、季節によって種類を使い分けたりと細かな配慮をすることもあります。
ヴァイオリンの本体を良く見てみると、細い2本の黒い線がぐるりとあるのに気付くと思います。私も昔はただの飾りと思っていたのですが、実はこれ、楽器を守るのにとても大事なんです。これは象眼細工といって、楽器の周りに細い溝を掘って、そこに3層に張り合わせた極細の板を嵌めこんでいます。万が一ぶつけて端っこの木が欠けてしまっても、大事な本体にひびが入らないように防波堤となって楽器を守っているのです。
ヴァイオリン繊細な楽器で、ニカワで張り付けてあるだけで一切接着剤などは使われていません。そのため今年の夏のように猛暑になると「ニカワがはげる!」とあせります。
みなさん、もし自分の街にオーケストラがあるなら、ぜひ生の音を聴きに行ってみてください。オーケストラの楽しみ方は自由です。かたく考えず、何度か足を運んで自分の好みの音楽を見つけて下さい。オーケストラだけでなく、オペラも総合芸術としてすばらしいですよ。
いかがでしたでしょうか。
ヴァイオリンという繊細な楽器を扱うプロとしてのこだわりからオーケストラの裏話まで、クラシック音楽好きの方も初めて知るようなお話が沢山だったと思います。
皆さんも自分の街のオーケストラの公演がある際には足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
公開日:2023-09-07