さて、イスラムについてさんざんお届けしてきた今日この頃でしたが、 初回の記事で紹介した難民センターの兄妹がどうしてるかなー?って、 気になってる方も多いことでしょう。 今日は久しぶりに可愛い子どもたちの様子と、 パキスタンの難民事情についてもお話しします!
冬休みが明けて久しぶりに難民センターに足を運ぶと、
私の姿を見つけるなり兄妹がにっこりして腰辺りにぎゅーっと抱きついてくれました。か、かわいい・・・(*゚∀゚*)
子どもの学習能力とは恐ろしいもので、 1ヶ月前はほとんど英語を話さなかったのが、 「I like~.」という表現を覚えて終始ぺちゃくちゃおしゃべりしておりました。
「I like pink! I like pink!」
を繰り返すのでピンクの画用紙をとってお絵かきを始めました。
ドラえもんの絵に大喜びする彼女。
日本のサブカルチャーのパワーも恐ろしいものですね。
そこで彼女、何を言い出すかと思いきや、
「I like Nobita mama!」
マイナーなとこ攻めるな、と思いながら、
記憶をだどって書いてあげたのび太のママの絵に、
大喜びで彼女がカラーリングしたあとの絵がこちら↓。来週はどうやらドラミちゃんを書いて欲しいらしい。
どんなケバケバしいドラミちゃんができあがることやら。
難民に対して取られる3つのDurable solutions(長期的解決策)がこちら。
(1)本国へ帰還する (2)避難先(第2国)で市民権をもらって定住する。 (3)本国でも避難先でもない第3国で市民権をもらって定住する。
このうち、(1)→(3)の順に望ましい解決策と言われています。 本国へ帰還できるのがもちろん最適なのですが、 治安や政治的不安定などの問題があって帰れないケースも多くあります。 そんな時に考えられるのは(2)避難先への定住で、 文化や時には言語が本国と似ているために定住にまつわる苦労が少ないとされていることから、(3)の解決策より望ましいと言われています。
じゃあ(3)の解決策をとらなかった99.9%の人々が(1)と(2)の解決策を必ずとっているのかと言われればそうではありません。
何十年も紛争の続く地域なんて少なくありませんし、 ではその地域から逃げてきた人すべてが避難先に受け入れられるというわけではありません。 彼らはどこに住んでいるというのでしょうか。
世界で最大の難民を出している国がアフガニスタンで、その数2.5万人ほどと言われています。 また、難民の最大のホスト国は隣国パキスタンで、同じくアフガニスタンの隣国であるイランが3位に続きます。 アフガニスタン難民は世界最大・最長と言われ、なかにはソ連が軍事侵攻してきた1979年からずっと避難している人もいます。
難民の受け入れに寛容だったパキスタン政府も、 ここまでの長期化を受けて、難民を帰らせるという政策をとっているのが現在の状況です。
どうすれば難民の方は本国に帰るのでしょう。 そうです、支援を打ち切ってしまうことです。
パキスタン政府は多くのキャンプを廃止しており、 現在ではアフガンとの国境の町であるペシャワールに多くのキャンプが固められています。
行き場を無くした難民たちは、本国へ帰るか、
難民居住区とよばれるスラムを形成しそこに住むか、
または都市部でひっそりと暮らしているケースがほとんどです。そしてこちらが、パキスタンの首都、
イスラマバード郊外に広がる難民キャンプの実際の写真です。
中にカメラを持ち込まないほうがいいということで、車の中から撮った写真だけですが大体の雰囲気は伝わるかと思います。
水も電気も学校も、ありませんでした。
また、印象的だったのは、たくさんの子どもたちが遊んでいる姿。彼らはこの場所で生まれ、母国を知ることなく外国人として生きてきたのです。
こうしてキャンプを追い出されしかし本国に帰ることもできない人々は、
“見えない”難民であって、
その数を把握することもできなければ支援を届けることすら難しいのです。
しかし幸か不幸か、ペシャワールに避難してきたアフガニスタン人は、 現地のパキスタン人と同じパシュトゥーン人であるため、 同じ顔をして同じ言語を話すため、職を得ることも難しくないそうです。
(パキスタンでは公用語のウルドゥー語に加えて、4つの地方にそれぞれ4つのローカル言語が存在します。)
対照的に、首都イスラマバードではウルドゥー語の習得が必須となってくるでしょう。 居住区に住んでいる男性の多くが出稼ぎにいって家計を支えているとのことでした。
こういった状況は、パキスタンの賃金の低下にもつながり、受け入れ先のコミュニティとの摩擦も起きかねません。
古くから、その地理的な重要性から大国の利害争いに揉まれ、翻弄されてきたアフガニスタン。 何の罪もなく苦しんでいる人々の背景にはいつも、資源や権力欲しさに突き動かされる人間の欲望が渦巻いています。
どうして彼らは祖国に帰れないのか。 どうして生まれてから今までずっと、過酷な環境で生きていかなければならないのか。
無邪気に遊ぶ子どもたちの笑顔を眺めながら、そんな怒りを覚えずにはいられませんでした。
イギリスのダラム大学で平和構築の修士課程修了後、パレスチナで活動するNGOでインターンをしています。”フツーな私が国連職員になるために。ギャップイヤー編”連載中。 Twitter@Misato04943248<⁄a>