言葉にすれば簡単なもののように写ってしまうけれども、昨今のアラブ情勢は混迷を極めています。 先日にはIS(イスラム国)に日本人が2人、人質にされてしまうという事件も起こってしまいました。
日本とアラブの間に直接的な問題が起こるということは、今までそれほど無かったように思います。 しかし、奇しくも私がクウェートへ戻ってきた直後、人質事件が起こってしまいました。 そんな現状を鑑みて、私は何を書くべきなのか、日本に向けて何を発信すべきなのか、悩む日々が続きました。
今回の事件やISに関する見解は多くの中東研究者が発信しているので、私が今更稚拙な意見を述べる必要もないでしょう。ですからこの記事で、中東で学ぶ私の迷いや率直な思いを読者の皆様と共有できたらと思い、あくまでも「エッセイ」を書きたいと思います。
(※文章を書いている期間にこの事件がどんどん動いていってしまっています。今回は人質事件への言及を避けたいと思います。)
「一時帰国?せっかくなんだから旅行に行けば良いのに。もったいない。」 冬休み中に日本へ一時帰国することを決めたとき、何度もそんなことを言われました。 確かにその通りなのですが、私は日本に帰って本当に良かったと思います。
日本でいろいろな人に会いました。 初めましての方もあれば、中学高校からの知り合いまで、本当にいろいろな人にお会いすることが出来ました。
皆さんから必ず尋ねられたのは、「クウェートってどうなの?」ということでした。
どうなの、と言われても……というのが正直なところですが、それぞれの場で率直に私の気持ちをお話ししたつもりです。今になって思えば、「クウェートってどうなの?」という質問が出てくる背景には、日本から見たアラブがとても遠い存在で全く想像がつかない人が多かったということがあるのでしょう。
これは私にとっては新たな発見でもありました。
というのも、私は高校(カトリックの中高一貫校)を卒業してそのままアラビア語専攻に入ってしまったので、キリスト教やイスラームと接してきた時間が標準的な日本人と比べてとても長いのです。
日本にいながらにしてあまりにも当たり前に接してきてしまって、留学を検討した時も第1候補はいつもアラブの国だったので、必然の流れで中東留学を決めてしまったのだなぁと、改めて自覚的になりました。
私の感覚では日本からなら欧米よりもアラブ諸国の方が行きやすい気がするのですけれども、「それはないでしょ」とヨーロッパをフィールドにしておられる先生にいみじくも言われてしまいました…… 思えば、そもそも大学に入学する段階でアラブを専門にすることを決めている大学生はほとんどいませんよね。そりゃ遠いはずだ。 逆に言えば、この感覚が日本のスタンダードなのでしょう。
日本から中東へ留学に行く学生は少なからずいて、中東を拠点にしている日本人ジャーナリストもいて、しかも中東と日本がインターネットでいつでもつながれる時代です。中東から何らかの情報を発信している人もたくさんいます。 それでも、日本から見た中東は遠い未知の世界であるということを改めて実感しました。
「○○(地域・国名)と日本との架け橋になりたいです!」 国際系、外国語系の専攻にいるとそういう風に宣言する人によく出会います。 正直なところ、学生程度でちゃんと「架け橋」などという大層なものになれるのか、そもそも「架け橋」となることに一体何の意味があるのかと、そんな風に思っていました。
ですが、私は日本でクウェートの話をすることで知らず知らずのうちに日本とクウェート・イスラーム世界・アラブ世界との架け橋になっていたのですね。今更になって気づきました。 その逆もまた然りです。クウェートで日本の話をすることで、クウェートにいる人々と日本を少しだけ近づける役割を担っているような気がします。
今、まさに日本は「架け橋」を必要としているのではないでしょうか。
最近のニュースを見ていて、そう思うのです。SNSを見ていると、イスラームに関する偏見にまみれた意見を時折目にします。
また、シャルリー・エブド事件や人質事件が起こってからはテロリズムに対する恐怖感からか、根も葉もないことを言い始める人が出てきました。
実際に、私の両親から送られてきたメールには全く事実無根のことが書かれていました。
この状況は好ましいものでしょうか。 そうであるはずがありません。ともすれば憶測のみで他人を貶めてしまうようなことが、良いことであるはずがありましょうか。
このような状況下で正しい情報を発信しようとしている人は、実はたくさんいます。 ジャーナリスト個人や中東を専門とする学生、更には中東研究者らがブログやSNSを使い、ニュースや各々の見解を日々発信しています。 正しい情報や真摯に考え抜かれた見解を発信しようとする姿勢こそ、「架け橋である」ことそのものではないかと思うのです。
テロや今回のような事件は決して起こってほしいものではありません。 誰もこういう衝突を望んではいませんが、どうしてもこういう事態が避けられない時もあります。
そういう時に必要なのがまさに「架け橋」となる人ではないだろうかと、日々ニュースを見ながら考えさせられています。 直接交渉に赴く人間でなくても、当地のことを知っており、正しい情報を冷静に伝えることのできる人間が必要なのではないでしょうか。 もっと言えば、そこまでしなくても偏見に基づいた意見や事実誤認に対して「それは違う」と言い切ることの出来る人間がもっといたっていいと思います。 アラブの国でアラビア語を学ぶという幸運な機会をいただいたからこそ、将来的にもっとそういうことが出来るようになりたいと思います。一連の事件はそういった点でも考えさせられる者でした。
また、私はこの記事をお読みになっている他の国へ留学されている皆様にも、こう伝えたいと思います。 現地の人がどんな生活をしているか、また私たちが現地でどんな生活をしているか、もっと伝えましょう。私も、もっと知りたいと思っています。 どんな生活をしているかという生の知識こそが、まだ見ぬ地への想像力を刺激し、遠い場所を少しずつ近づけるものではないでしょうか。
クウェート政府奨学金を得てクウェートに留学中&アラビア語の修行中。「伝える人」を目指して、アラビア語と英語で「日本」を伝えたり、日本語で文章を書いてクウェートのことを伝えたりする日々。