JTという未知のダンジョンへ、これから私のドラゴンクエストがはじまる

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10912884_834281033301086_281522367_nJTに就職された同志社大学の廣瀬さんにインタビューさせて頂きました。なぜ数ある企業の中でJTに就職を決められたのか。その真意に迫ります。

名前: 廣瀬 理子(ひろせ りこ)さん 所属:同志社大学経済学部 5年 内定先:JT 趣味は旅行・ゲーム、特技はタロット占いができます。


全力で創った学生団体belle --- そして留学へ

10893648_834275409968315_930836240_n ーー海外留学や学生団体の立ち上げなど様々な経験をされてきたと思うのですが、どういった軸で活動されていたのですか?

自分の中の軸に沿って行動してきたことは無かったと思います。軸に沿ってというよりも、行動の中で見つけた自分の興味や出会いが次の活動に繋がっていった、という言い方の方が正しいかもしれません。 もともと好奇心旺盛な性格だったこともあって、興味があったことに飛び込んでみる、そして目の前のことに全力で取り組む、というスタンスでいろんな事にチャレンジしました。 だから軸ありきで動いたわけではないですが、強いて言うならば「自分の直感に従う」ことは一貫して続けてきたのかなと思ってます。

ーー学生団体belle(ベル)さんは、どういったキッカケで設立されたのですか?

キッカケは一つでは無いのですが、その中の一つに「目標や夢がなきゃいけない」と考える価値観に違和感を感じていたことがあります。 例えば、就活の時期になると、自分の目標ややりたい事が無いとモヤモヤしてしまう人が多いと思うのですが、就活に限らず、何事も目標や夢を最初から探しにいくのは「何か違うな」と思っていました。そもそも、「目標や夢」を持つ前に、人はまず「憧れ」から始まるんじゃないかなと。その憧れに飛びつくことを繰り返していると、周りから見たときにその人って「目標や夢」へ向かっている状態に見えると思うんです。

今なら整理して答えられますが、「夢や目標」を持っていないと、輝けないのか?という違和感を正したかった、というのがbelle設立に至った想いですね。

ーー海外留学をされたのは何がきっかけだったのですか?

日本で一番の学生団体を創ったという自負で行動していた大学二年の時に、自分より10,000倍凄い学生団体の代表をやっている男の方と出会ったのがきっかけです。 今までの人生のすべてをぶつけて作ったのが学生団体のbelleだったんです。まず彼に追いつくための一歩として英語を勉強しよう思ったんです。そういった思いで海外留学へ行くことにしました。 それだけではなく、自分の出会える人を日本人だけにとどめたくなかった、もっと世界中の人に出会えるようになりたいと思ったのも強いキッカケの一つでした。

留学先での闘病生活が変えた価値観

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ーー実際に海外に行かれてみて渡航前とのイメージのギャップはありませんでしたか?

正直に言うと、大学1年生の時に短期留学を経験していたので、カルチャーショックと呼ばれるようなギャップはあまりなかったというのが本音です。 ただ、もっと簡単に英語を話せるようになると思っていました。最初に入学した語学学校も一番下のクラスから始まりましたしね。そんなに現実は甘くありませんでした(笑) でも頑張るしかない環境だったので、逆にいい刺激になっていたとは思います。

ーー学習面以外の価値観の面ではどう変わられましたか?

人間関係の築き方や生き方の部分でオープンなところが素敵だなと思ったこと、人の見方が「役割」から「その人自身」という見方に変わったことは大きな変化でした。 “ I love you.”という言葉に代表されるように、アメリカではコミュニケーションの際に喜怒哀楽をストレートに表現することが許容されています。 自分の気持ちを率直に伝えることで、初対面の人とでも共感を生みやすくなり、ぐっと仲良くなれることは多くの人と出会いたいと思っていた私にとって凄く素敵な人間関係の築き方だなと感じました。

また、色んな価値観を持つ人に触れる中で、人は人なんだな、と思うようになりました。学校の先生も、バスの運転手も、父親も母親も、それぞれ何かの役割を持つ前に人なんだと。そう感じるようになると、人の見方が大きく変わってきたように感じます。

ーー廣瀬さんの価値観が変わった経験を詳しく教えて頂けますでしょうか?

サンフランシスコに6ヶ月間ホームステイしていたのですが、いきなり病気を発症してしまい、路上で倒れてしまったんです。倒れてから記憶はなかったのですが、誰かに助けてもらって目が覚めたら救急病院にいました。右半身がしびれていて、歩けなかったですし、トイレにも行けませんでした。顔も変わってしまいましたね。お医者さんに深刻な顔をされていたので嫌な予感はしていたのですが、その2週間後にホームステイ先に病院から手紙が来ていて、「医療費が3000万円を超えています」といった内容でした。私の契約していた保険が3000万円の支給が上限だったので、もう払えないという状況になったんです。このままだとホームステイ先に迷惑がかかると思って、サンフランシスコから単身NYに移り、探し見つけた一軒家で1からsharehouseを始めることにしました。自分の生活費や治療費をやりくりしながら過ごしたのが残りの半年でした。 住む場所も、付き合う人も、周りからの自分の見られ方も変わったことで自暴自棄になったことも多々ありました。何を信じていいかも分からなかった当時、嘘偽りの無い気持ちが、「私って死にたくないんだ、生きたいんだ」と思う気持ちでした。 その気持ちは自分の為に生きたいのではなくて、自分を大事に想ってくれている人の為に生きたいと率直に感じた時、「もっとひとと一緒に生きたいな」と想うようになりました。 そう想うようになったことが、先程述べた人の見方を変えるキッカケになり、価値観を変えたのだと思っています。

山に2日間こもって出した答えはJT

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ーー廣瀬さんの企業選びの判断軸についてお聞かせください。

大事にしていた軸は1つです。会社の理念との共感です。 就活をしていて感じたのですが、私は働いた事がないので、働いている自分は想像でしかなくて、考える内容はすべて仮定の話になっていました。「こういう事業があるんだろうな」とか「こういう環境なんだろうな」という部分ですね。仮定での世界で何かを決断するのがすごく嫌でした。それってもの凄く手触り感がない気味の悪さというか。 ただ会社の中でも変わらないものは何かというと「理念」だと思ったんです。その会社のありたい姿は結局は変わらないんだろうなと。理念に真剣に向き合ってさえいれば、仕事内容も社風が変わっても違和感なくその組織で頑張れるなと感じていました。 だからその会社のありたい姿と自分のありたい姿が重なるところを選ぶというのが一番の大きな軸ですね。 ですので、就活ではまず企業の理念を知り、いいなと思ったら、そこの会社の社員の方に3人ぐらいは会っていました。

ーーその後の廣瀬さんの就職活動の流れについてお聞かせください。

まずはインターンに参加して、OB・OG訪問をたくさんしました。仲良くなった社員の方に飲み会に連れて行ってもらったこともありました。そうしないと本音が聞けないので、本当に社会人の方と飲みに行ってましたね。 「生き甲斐は何ですか?」とか「働いていて何が楽しいですか?」などすごく色んな質問をしていました。奥さんや旦那さんとの関係や何時くらいに寝ているかも聞きましたね(笑)。

その中でも私はアツイ人たちが多い企業に魅かれました。飲み会に行って「疲れた」とか日常の「バカっぽい話」をするのではなくて、飲みの場でも思わず熱量が爆発しそうになって仕事の話をしてしまう人っているじゃないですか。自分の仕事に強い誇りを持っていて、それがライフスタイルにまではみ出てしまっているような人がいる会社がいいなと思うようになりました。

ーーどういった企業に興味を持たれましたか?

夏にインターンに参加したのですが、業界や企業規模にこだわらず日系の大手からベンチャー企業まで幅広く行きましたね。夏から秋にかけての4ヶ月間は本当にたくさんの会社を見る期間にしていました。10月24日の自分の誕生日を節目にして、それまでに片手くらいの企業数に絞り込みたいと決めていました。5社に絞ったのですが、リクルートマーケティングパートナーズさん 、サイバーエージェントさん、リンクアンドモチベーションさん、リクルート住まいカンパニーさん、そしてJTの5つですね。

ーーその5社からJTへの入社を決めた理由は何だったのですか?

「未来の自分をイメージした時に、一番わくわくできる場所」という観点で選びました。最後はリンクアンドモチベーションさんとJTで悩んでいました。そこで、山にこもって外部との連絡を全部シャットアウトして考え抜きました。 就活において誰かのアドバイス抜きに意思決定をしてきた事がなかったので、その初めての体験に気が重くなってしまったんです。外の世界とシャットアウトしないといけないと思って、2日間山にこもりました。色んな角度から考えてもなかなか決断することができませんでした。その時、昔から大好きだった「ドラゴンクエスト」のような生き方をしたいと思い、山を降りる時にJTに決めました。未来の自分へのイメージが未知数だったというところ、あえて今まで自分が過ごしてきた環境と違うダンジョンに飛び込もうという思いがが決定打になりました。JTはグローバルに事業を展開している企業なので、自分が関わった事がない価値観を持った人と関われるのは自分の幅を広げるいい機会になると考えました。そうして、最後はJTに入ることにしました。

ーーJTさんはタバコを販売している会社です。「ひとのときを、想う。」という会社の理念と事業内容が矛盾しているようにも捉えられると思うのですが、廣瀬さんはどう思われますか?

そこは私も入社先を選ぶ時に引っ掛かりましたし、じっくり考えたこともあるのですが、結論として「だから良いんじゃないか」と思うようになりました。 私自身喫煙者だということもあって、たばこをキッカケに出会えた人もたくさんいましたし、たばこで自分の気持ちをコントロールしてきたこともありました。一方で、世の中のたばこへのイメージに代表されるように、確かにネガティブな面も多々あると思います。 そういった色んな顔を持っている商品は「人間っぽい」と思うんですよね。深くて複雑でいいなと。無くてもいい、だけど有ったらHappyな人がいる。これって幸せの絶対値の幅を拡げる上で大切な観点だと思うので。そんな複雑なモノを本当の意味で「ひとのときを、想う。」商品にするために何かしたいと思っています。

正解は他人が設定するものではない

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ーー廣瀬さんの今後のキャリアについてお聞かせください。 

私の人生の目標は「自分が幸せに出来る人の半径を広げたい」というものです。それを達成するためにJTに入るのですが、だからといって「これをするんだ!」というものは決めていません。最初の質問に重なるかもしれませんが、目の前のことに全力で取り組んだその時その時で良い選択肢だろうと思うところを探して飛び込んでいく感覚でキャリアを選んでいくのだと思います。あとはちゃんと親孝行したいです。すごく迷惑をかけたので。

ーー最後に廣瀬さんから学生に向けてメッセージをお願いします。 

とにかく目の前のことに全力になって欲しいという事を伝えたいです。誰かが設定した正解を求めるのではなくて、自分で納得できる選択をして自分の人生を歩んでください、というのが一番伝えたいメッセージですね。 他にお伝えしたいこととしては、色んな経験をすると悲しいことがあると思うのですが、それは全部プラスにしか変わらないということです。辛さは絶対にいつか誰かに対する強さ(優しさ)に変わると思います。全力、正直でいたら悪いことなんてないということを伝えたいですね。

この記事を書いた学生ライター

Keiji Takahashi
Keiji Takahashi
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大学一年次よりスタートアップに興味を持ちアプリ開発/ベンチャーでのインターンシップを経験。 現在、学生の視野を広げるco-mediaとインターンシップから築く新しい就職の形InfrAを運営する株式会社Traimmuの代表。 サッカー観戦とジム通いが趣味。

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