しぶとくやり続ける事で自分に回ってきた日本代表通訳という仕事 ~ザックJAPAN通訳・矢野大輔さん~

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10245510_697369910380798_8118952074890206153_nザッケローニ監督の元、4年間に渡り監督通訳という仕事を全うされた矢野さん。なぜ彼が日本代表通訳という仕事を手に入れる事ができたのか。また仕事をする中で見えてきた日本代表の内側についてお話を伺いました。

矢野大輔(やの だいすけ)さん 1980年7月19日東京都生まれ セリエAでプレーするという夢を抱き、15歳で単身イタリアに渡り、言葉や文化の壁にぶち当たりながらもサッカー漬けの青春時代を過ごす。 その後、イタリアに残りトリノのスポーツマネジメント会社に就職。アレッサンドロ・デル・ピエロを筆頭とするトップアスリートの近くでマネージメントを学びつつ、日本とイタリアの企業の橋渡し役として、商談通訳やコーディネートに従事しながら日伊両文化への造詣を深める。 2006年にトリノに移籍した大黒将志選手の専属通訳となる。そして2010年、アルベルト・ザッケローニの日本代表監督就任に伴い、チームの通訳に就任。ブラジル・ワールドカップまでの4年間、監督と選手の間を取り持つ役割を担う。

15歳で単身イタリアへ

o0400030010776870171(出典:http://ameblo.jp/rie-oasis/entry-10664058450.html)

ーー15歳の時に「W杯に出場する」という夢を抱いてイタリアに渡られたと思うのですが、思い切った決断のきっかけは何だったのですか?

セリエAの試合中継です。当時三浦知良さんがジェノアというチームに移籍して、セリエAの映像が日本に届くようになったんです。今でこそ地上波の番組で、海外のサッカー情報がすぐに手に入る時代になりましたが、僕らの時代はまだまだでした。そこで海外サッカーのレベルの高さに衝撃を受けて、「行きたい!」と直感的に思ってイタリア行きを決意しました。 中学2年の冬に、両親に気持ちを伝えたのですが、反対されるというより、もはやまともに取り合ってもらえなかったですね。14歳の子供がいきなり「イタリアに行きたい」と言うわけなので、当たり前のリアクションだとは思います。でも当時の僕の気持ちとしては、「今しかない」という思いが強かったので、両親を何回も説得して、最終的には許してもらえました。

ーー何かチャレンジするときに両親に反対されることがあると思うのですが、両親を説得するために必要なことは何でしたか?

毎日しつこく説得することだと思います。僕は毎日「イタリアに行きたい行きたい」と言い続けていました。あとは勝手にパスポートを取得してましたね。「やりたい」と言うのは簡単なので、やはり熱意を見せることが大事だと思います。「本当にやりたいんだ!」という強い気持ちですね。僕の場合は実際にパスポートを取ってきたことで、「本気なんだ」と分かってもらえたと思うので、本気度を示すことは非常に重要だと思います。

ーー矢野さんが22歳の時に元・イタリア代表のデルピエロ選手のマネジメント会社に就職されたと思うのですが、それはどういったキッカケがあったのですか?

22歳の時にちょうど日韓W杯があったんです。デルピエロはイタリアのスーパースターなので、もちろん来日していたのですが、家族も一緒に来ていたんですよね。選手は毎日練習や試合があるのですが、家族は試合日以外は時間があるんです。そこで家族と帯同して欲しいとデルピエロのマネジメント会社にお願いをされて、1ヶ月間アルバイトとして日本の観光地を案内しました。それがきっかけで、本採用となってその会社で働くことになりました。

通訳という生き方

21cabc7a(出典:http://samuraisoccer.doorblog.jp/archives/28493323.html)

ーー通訳というお仕事を始められたきっかけというのは、何だったのでしょうか?

先ほど話した僕が入社した会社はマネジメントだけではなく、日本企業とイタリア企業の商談通訳や、日伊の企業の間に入ってプロジェクトを進めていくようなコーディネーター業務がありました。その自然な流れで通訳をする事が増えていきました。例えば、日本の自動車メーカーがイタリアのデザインメーカーに仕事を発注して、日伊共同で一台の車を作るというプロジェクトがあって、日本人グループとイタリア人グループの間に入って、通訳をしながらプロジェクトを前に進めたり、CM撮影のコーディネートをしたりしていました。スポーツの通訳というより、商談で通訳の仕事をしている機会ばかりでした。

ーーサッカーの通訳を始めるきっかけは何だったのですか?

2005年にイタリアの名門チームのユベントスが来日したんです。その時にユベントスに同行して通訳を務めたのが初めてでした。その後、当時日本代表だった大黒将志がトリノに移籍したことをきっかけに大黒の専属通訳になりました。その時にトリノの監督を務めていたのが、ザッケロー二さんです。

ーー2005年から2014年までの9年間、通訳を続けられたと思うのですが、通訳のお仕事の魅力はどこにあるのでしょうか?

双方の文化の溝を埋めていく点が一番やりがいがあります。最終的に良い結果に結びついた時は通訳をやっていて良かったと感じますね。サッカーだと選手の活躍やチームの勝利であったりとか、ビジネスだと商品が売れたり、自分が関わったプロジェクトが実際に製品化されたりしたときは幸せです。後は、日本人とイタリア人が仕事をして最終的に打ち解け合う雰囲気ができた時も非常に嬉しいですね。

ーー特にサッカーの場で通訳をするときに気をつけられていた事はあるのですか?

日本代表時代で言うと、ザッケローニさんは自分の感情をあまり出さない方なので、苦労は少なかったです。ただ、監督や選手の情報を蓄積していくことは意識していました。例えば、ザッケローニさんは選手を怒る時に、ただ感情で怒るということは絶対にしない方なんですよね。怒ることで選手が成長できるといった場面で意図的に怒るような方ので、その意図をしっかり汲み取って、厳しい口調で選手に伝えなければいけないんです。大切なのは、そういう発言者の特性を自分の中に記憶していく事だと思います。ザッケローニさんが感情に任せず意図的に怒る人だというのは会話を重ねながらでしか気づけない事だったと思います。 選手に関しても一緒ですね。選手がメディアを通してどういうコメントをしているのかなどをくまなくチェックしていました。顔には見せないものの、「試合に出たい」という思いを抱えている選手もいますし、逆にレギュラーじゃなくても頑張っている選手はそういう気持ちも見えますし、そういった情報収集は徹底的に行っていました。

ーー通訳という職業は、一般的には「安定していない」というイメージがあると思うのですが、その点で不安などは無かったのでしょうか?

僕は会社に就職することができて、その中で通訳の仕事をしていたので、不安はなかったですね。ただ、僕の人生を振り返ると、15歳で単身でイタリアに渡っているので、そもそも安定は求めてないんですね。中学を卒業する頃に友達が進学する高校が決まるだとか、そういった周りの情報が入ってきて、寂しい思いをしたことはありました。その時は「いよいよレールを外れてしまったな」という思いもありました。確かにそういう思いを抱えた時期もありましたが、それを超えてからは、「自分は違った道に進むんだ」と考えていました。好きなことを真剣に取り組んでいれば周りは見てくれていますし、その情熱は必ず伝わるものなので、レールから外れるならば思いっきり外れたほうがいいと思います。

ーー学生が社会人になる上でコミュニケーションが重要になってくると思います。通訳というコミュニケーション能力が必要な仕事をされてきた矢野さんから見て、人と話すときに意識すべきことはありますか?

会社に入ったときは当然周りは皆年上なわけですから、結局うまくやろうとして、手前味噌で取りつくろっても、先輩社員の方は経験があるので、力不足だということはすぐに見破られるんですよね。自分を大きく見せないことが大事だと思います。 僕の場合は、「ザッケローニ監督に忠誠を誓う」ということだけは自分の中で「絶対だ」と決めていたことでした。そこさえブレなければ多少のミスがあっても監督はしっかり信頼してくれていました。 ですから1つアドバイスができるとすれば、目上の人にしっかりと忠誠を誓うという心構えで、変に工夫などせずコミュニケーションを取ることが重要だと思います。

日本代表が強くなるために必要な事

news_140086_1(出典:http://web.gekisaka.jp/news/detail/?140086-140086-fl)

ーー矢野さんが30歳のときにザッケローニさんから日本代表の通訳の打診があったと思うのですが、なぜ迷わず引き受ける決断ができたのでしょうか?

僕のようなサッカー選手に憧れた人生を歩んできた人間にとって、日本代表に携われる仕事は夢にまでみたポジションなんですよね。2006年のドイツW杯の時に日本代表の試合を3試合とも現地で観たのですが、やはり純粋に格好いいと思いましたし、いつか日本代表の仕事をしたいという思いが湧いてきました。その頃から「代表に関わりたい」と強く思っていたので、即答できました。

ーーなぜザッケローニさんが通訳を矢野さんに任すことに決めたと思われますか?

一緒に仕事をしたことがあったのは大きな要因だったと思います。 実は、南アフリカW杯前の2010年5月に元日本代表監督の岡田武史さんがヨーロッパを回って、リッピさんやベンゲルさんなどのご友人に会ってW杯のことついて相談や質問をされていたんです。岡田さんがヨーロッパに来られる時は、以前から僕がコーディネーターとして帯同していました。岡田さんのヨーロッパ滞在中にたまたま1日休みができたので、ザッケローニさんに会いに行きました。その時にお二人でW杯について情報交換をされていました。その数カ月後にザッケローニさんが日本代表の監督に就任されたので、岡田さんとの面会の場を作ったことも僕を通訳として指名するきっかけの1つになったかもしれないですね。

ーー日本代表の選手というのはアスリートとしてトップレベルの方々だと思うのですが、どういった特徴がありましたか?

向上心がすごく強いです。自分が今何が足りないのかをきちんと把握していますね。足りない能力を埋めるために毎回練習が終わった後に少しずつでも自主練習に取り組んでいます。毎日継続して努力していく事ができる人ばかりですし、自分の弱い部分から逃げずに向き合う能力が優れていると思います。また、その努力している姿を誰かに見せたいといったモチベーションではなくて、自分の中に強い信念を持っています。やはり準備に余念がない選手が多かったという印象ですね。

ーー矢野さんが書かれた書籍「通訳日記」の中で、本田圭佑選手が登場する場面が印象的でしたが、矢野さんからみて本田選手はどのような方でしたか?

本田圭佑の場合は向上心と自分の目標に向かってまっすぐ進んでいくパワーがすごく強いと思います。ザッケローニさんにたくさんアドバイスをもらいに来ていましたし、それを実行に移す努力も随所に見られました。それが本田圭佑のすごい所だと思います。 彼のコミュニケーションの取り方も素晴らしいですね。何度もチームメイトと話したり、理解できるまで監督に質問しにきたりといったことを当然のようにやっていました。これは勇気がないとできないことですし、日本人にはあまりないコミュニケーションのスタイルです。完璧に分かるまで議論する力がありましたし、細かい部分でも決してうやむやにはしない人ですね。

ーー4年間、日本代表の一員として活動されてきた矢野さんから見て、日本サッカーに足りないことは何だと思われましたか?

「歴史が足りなかった」と思います。ただこれは選手やチームに対してだけではなく、日本サッカー全体が意識していくべきことだと思います。例えば、メッシやクリスティーノ・ロナウドに対する捉え方がイタリアとは全然違います。確かに日本と同様に日常的にそういった選手の話題にはなります。しかし、イタリア人のメンタルだと、たとえ相手がスター選手であっても対戦するときには「絶対負けないぞ」という強いメンタルを持っているんですよね。果たしてそういった気持ちを日本人のサポーターひとりひとりが持っているのかということです。強豪国が相手だと「やられるんだろうな」という悲観的な気持ちを少なからず持たれている方が多いのではないでしょうか。選手は海外に行って経験を積んでいます。1サポーターでも日本サッカーのためにできることはあると思います。ザックジャパンでも、アウェーでフランスやベルギーに勝ちましたが、「それは相手が本気じゃなかったから」といった声がありました。そういう変な蔑みを持たずに、良い結果が出たときは皆が誇りに持つべきですし、歴史は語り継がないといけないと思います。「アウェーであのフランスに勝ったんだよ」と子供たちに伝えて、強豪が相手でも「日本は勝てる」という意識を持たせることが重要だと思います。そうすると、若い年代は「勝てるというメンタリティ」が当たり前になってくると思うんですよね。日本全体として、そういうポジティブなメンタルを持てるようになればいいと思っています。これからは全員で意識してサッカーの歴史を築かないといけないと思います。

しぶとくやり続ければチャンスは来る

20141127_tsuyaku_nikki(出典:daisukeyano.com)

ーー矢野さんの今後のキャリアについてお聞かせください。

今もイタリアのマネジメント会社に籍を残していて、またイタリアで生活することも考えています。ザッケローニさんからたくさんのアドバイスをもらいましたし、偉大な監督と長く一緒に居るという経験はすごく自分のためになったと感じています。これからどういう立場になるかは分かりませんが、今後の自分のキャリアに生かしていきたいですね。いずれにせよサッカーから離れることはないと思います。

ーー最後に学生読者へキャリアや生き方に関してアドバイスをお願いします。

自由に生きるべきですし、好きなことをするべきだと思います。「好きこそものの上手なれ」という言葉がある通り、自分が興味のあることはどんどん上達しますし、そこに情熱を注ぐことが一番大切な事だと思います。僕も学生の時は「これから就職して苦しい日々が待っているんだな」と思っていた時期もありました。面白くないだろうなと。でも実際にはそんなことはなくて、この世の中には好きなことだけして生きている人はたくさんいますし、そういう生き方は素晴らしいと思います。 ただ同時に勉強したり、何か資格を持ったりするのは選択肢を広げるためには大事だと思っています。みんながみんな情熱を注げるものが見つかるとは限らないと思っていますし、いざ就職するとなった時には、勉強は自分の選択肢を広げてくれると思います。 僕はサッカーが好きで一般的なレールではない道に行きましたが、そこで中途半端に挫折していたら、つまり勉強もほとんどせず、イタリア語も中途半端にしか喋れなかったら、本当に選択肢が限られてしまっていたと思います。 僕の場合は、「好きだからやってこれた」というのは大前提です。もちろん大丈夫かなと不安に思った事もありました。でもそういうときに考えなければいけないのは、長くやっていれば周りが辞めていくということです。だから粘っていればチャンスが回ってくるんです。日本とイタリアとサッカーをカバーしている人で残ったのが自分だけになってしまったという部分もあるわけなんですよ。ですから、目先の利益に捉われずに、しぶとくやり続けることが本当に重要です。やり続けるとライバルが減ってチャンスが回ってくる、チャンスが回ってきたら、その後はもうまっすぐ道を走るだけですね。

この記事を書いた学生ライター

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