ーー農業に興味を持ち始めたキッカケを教えてください。
僕が農業に興味を持ち始めたのは、小学校の時ですね。芋掘りがすごく楽しかったという経験がずっと記憶に残っていました。中学・高校の頃はエネルギー問題に興味があり、大学の工学部に進学しようと考えていました。太陽光パネルの開発がしたかったんです。 よく生物の羽の形を飛行機に応用したら、よく飛べるようになるとか、鮫肌(さめはだ)を水泳スーツに応用したら早く泳げるという考え方があるじゃないですか。で、僕の場合はエネルギーに興味があったので、植物の光合成の仕組みを機械にも応用すれば、効率よく光合成ができるんじゃないかと思っていたんです、中高生ながら。それで工学部に行こうと思っていたんです。 ただ色々と調べると、実現できそうではあったものの、すごく効率が悪そうだったんですよね。 じゃあ、植物から直接エネルギーを得た方がいいんじゃないかという発想になりました。人間って半永久的に得られるエネルギーの中では、太陽からしかエネルギ-を得ていないじゃないですか。その太陽のエネルギーを人間の使える形に変えているのって農業だと思ったんです。 植物を通して太陽のエネルギーを人間の使える形に変える、「土くさい」と思っていた農業をカッコイイと思い始めました。もともと食べることも、何かを育てるということも好きだったので、農学部に入るしかないと思いました。 人間が食べ物を食べて生きている以上、農業は世界中の全ての人に関係する分野じゃないですか。そこに関われることは、すごくオモシロイなと感じました。
ーー実際に京大農学部に入学されてから、どんなことを感じられましたか?
農業問題ってよく話題になるじゃないですか。でもメディアを介して多少は聞いたことはあっても、自分は全然問題について知らないなと大学に入ってから強く感じたんです。現場をちゃんと見ないと納得できないと思っていました。納得できない事を勉強するのはつまらないので、現場を見て、問題を見つけて、それを大学の勉強に繋げたいなって思っていたんです。
そういう思いがあって、最初は京都大学農業交流ネットワークという農業ボランティアサークルに入っていました。その後、大学の授業の延長で、エチオピアにインターンに行ったことがありました。そこで見た現地の農業の文化というのが、ボランティアサークルで体験したものと全然違っていて、エチオピアはとても貧しいと思っていたのですが、農村部に行ってみると食べ物が豊富にあるんですよね。飢える事はないんです。エネルギーをそれほど使わず、農業だけで住んでいて、飢えがない地域だったんです。
それがきっかけで、人と植物の関わりについて興味を持ち始めました。エチオピアは経済的な指標では決して豊かではないのですが、僕が見た限りでは食べ物の豊富度や住民の幸福度はかなり高かったんです。
換金を主な目的とする農業と、自給自足で自分たちが食べるために取り組む農業は、どちらが良いという意味ではなく、純粋に全く違うなと思いました。
卸業界の構造を変えていきたい」というのが、20年近く野菜の卸業を営む父親を持ち、その世界を良く知っていた代表の前木の思いでした。前木とは住んでいる寮が一緒で、彼が2年生の冬に起業の準備を始めた時に、一緒にしないかと声をかけられました。彼の思いに共感しただけではなく、「卸業」というディープな領域の現場を知るいいチャンスだとも感じ、参画を決めました。それまで僕自身は、農業ボランティアに参加したり、農学部の仲間と畑を借りて生産から販売まで取り組んだりと、農業現場を知るための活動を続けていました。ただ「ボランティアや、擬似的な農業だけでは見ている世界が狭いのではないか」と限界を感じ、作る段階だけではなくて、野菜を流通させ、飲食店まで届ける部分まで関わってみたいと考えていた時期でした。
ーーキシュウさんのブランドである農鞠(のまり)の活動について教えてください。
主に3つの事業があります。それは、野菜販売事業、イベント企画事業、食育・情報発信事業です。会社は7人ぐらいで運営しています。
又、この他に、食育や農業に興味のある学生が集まって運営するサークル部門もあります。
地域で受け継がれてきた野菜、農業文化の価値を見直し、発信していくことをコンセプトとしたサークル活動を行っています。そちらのメンバーが10人ほどいますね。小学生向けの食育教室や大学生向けの食育ツアーの企画などをしています。
日々の活動は農鞠(のまり)Facebookページにて紹介しています。
ーー学生で農業ベンチャーの立ち上げとなると、人脈の形成などが大変だったと思うのですが、どうされていたのですか?
人脈という意味では、農家の方々や飲食店さんとの繋がりはゼロから作り上げなければいけなかったので、本当にとにかく人に会って繋がりの繋がりで紹介してもらうなど、非常に泥臭く動いていました。ただ、僕たちは実務経験がない状態だったので、信頼がないんですよね。今はだいぶ回ってきたのでやり易くはなっていますが、始めは信頼を得るのがすごく大変でした。
ーー信頼はどう工夫して得られていたんですか?
本当に愚直に丁寧にやるという事を意識していました。 前木が2年生の時にインターンでかなりしごかれていたので、そこで社会人として大事なノウハウなどを教えてもらっていました。その点は大きかったです。 もう一つは、僕たちは良くも悪くも学生という立場なので、すぐには信頼は得られないんですよね。商売の対等な相手として見られないんです。ですので、自分たちは「学生という立場を活かしながらも、社会人と同じレベルで」ということを念じて言い聞かせていました。
ーー起業されてから一番辛かった経験は何ですか?
やはり立ち上げの時ですね。農家さんはもともと野菜を作る量って決まっているんです。10作って9売り先が決まっていれば、僕たちに回してもらえる余裕は1しかないわけで。そこに僕らが新しく入っていくわけじゃないですか。飲食店さんにしてももともと買っているところがあって、僕たちはそこに割り込んでいくわけなんですよ。 最初は色んな人に迷惑をかけましたし、立ち上げの時は一番しんどかったですね。
ーー逆に一番楽しかった経験は何ですか?
始めて注文が来た時です。 ずっと営業をかけて、また営業をかけてという作業を繰り返していたので、本当に大変でした。初めて注文が来た時は、自分たちの価値が認められたように感じました。そこで始めて形になったわけで、僕たちがすごくお世話になった人たちがたくさんいて、特に仕入れをしている僕で言えば、無理をお願いして海老芋を出荷して頂いたヤマモトさんという農家さんや関わってくださった方々にひとつの成果として、報告できたことが何よりも嬉しかったです。
ーーキシュウさんでの活動を始められてから、農業に関してどのような問題が見えてきましたか?
実は代表の前木の父親が野菜の卸(おろし)をやっていて、飲食店の料理人さんやその業界の方々と話させて頂く機会が結構あったんです。その中で感じたのは、もっと卸業で出来ることがあるのに、なかなか実現できていないことが多いという問題点でした。逆に農家さんとお話させて頂くと、飲食店と農家さんの間に考えのギャップがあるなと気付いてきました。その両者を繋ぐ活動的な卸(おろし)があれば農業が盛り上がると思いますし、食産業ももっと良くなっていくんじゃないかと感じるようになりました。 農家さんも飲食店さんも"作る"ことが本業なので、時間や地理的な制約上、手に入る情報が少ないのは仕方のないことだと思っています。農家さんとも飲食店さんとも多く関わるなかで、情報を集めてくることの出来る僕たち卸がそういうギャップを繋ぐ架け橋になっていきたいと考えています。
ーーキシュウさんではどういった問題を解決していこうと思われているのですか?
海外からの農産物輸入が進む可能性もある中で、大量生産・省コストの農業が難しい京都のような地域の農業が存続していくためには、地域の野菜が"ブランド化"され、地元で消費される形を作ることが大事だと考えています。
今僕たちが取り組んでいることが、新京野菜(これから伝統を作る新しい京野菜)の普及事業です。
京都の野菜と言えば京野菜が有名です。昔から京都にある野菜のことで、えびいもや賀茂なす、万願時とうがらし、九条ねぎ、水菜(みずな)などがあります。
京野菜はブランド化に成功した野菜として有名ですが、実は需要が伸び悩みつつある現状があります。聖護院大根のように一つ一つがとても大きかったり、主に煮炊きにしか向かない野菜が多かったりするので、現代の核家族や若者の需要からは外れているということが要因だと言われています。
そういった現代人のニーズを見直し、地産地消できる京都の特産野菜を普及しようという考えから、京都市と京都大学が共同開発したのが新京野菜です。アスパラガスのように食べられる"京ラフラン"、種なしトマトの"京てまり"、炒めものにすると抜群に美味しい"みずき菜"など、年間を通して約10種類の品目があります。「今の京都に合った野菜を新しく取り入れる」ということは、実は古くから京都で繰り返されてきたことでした。京野菜自体、昔から京都にあったものばかりではなく、外から入ってきて京都に根付いたものが多いのはご存知でしょうか。例えば海老芋は長崎から、聖護院大根は愛知から、鹿ヶ谷かぼちゃは津軽から伝来したものです。皆さん驚かれますが、万願寺とうがらしは明治にアメリカからやってきたピーマンと京都の在来のとうがらしが交雑して誕生したものです。しかし今は、どれも立派な京野菜として地域に根付いています。都という特性上、人の往来が多く様々な野菜が集まる中で、京都の風土や文化に合ったものだけが根付いて、現代まで残ってきました。それが京野菜の成り立ちです。新京野菜もそういった京野菜の伝統を踏襲していると言えます。
また、過疎地域の活性もやっていきたいと考えています。僕たちが新京野菜を作る拠点にしているのが京北という地域なんです。京北は京都市から1時間ほどの場所にあり、水源が近いため水が綺麗で、寒暖の差もあり、野菜を作るのに適した地域です。
しかし林業と稲作が中心の地域だったために、木材の輸入や米価格の下落に伴って生産者の数が減り、過疎化が進んでいます。何年か前に地域おこしを目的として、野菜の直売所を併設した道の駅が作られ、コメ以外の野菜を生産する環境も整いつつあります。ただ道の駅だけでは販売量が限られているため、若い人が農業で暮らしていくには厳しい状況にあります。京北という地域をブランド化し、外部に野菜を販売していける体制を作ることが必要です。僕たち農鞠は京都市と一緒に、この京北という地域を素晴らしい自然環境を生かした、高品質の新京野菜・京野菜の栽培拠点にすることを目指しています。京北野菜のPR、販路の開拓という面で関わりながら、京北を若い人が農業で生計を立てていけるような地域にしたいと考えています。
ーー元木さんにとって農業の魅力は何ですか?
何よりもその多様性に魅力を感じます。東アジア圏では稲作文化、ヨーロッパでは酪農文化、アフリカでは雑穀・芋食文化など、その地域の環境に適した形で農業文化が発達してきました。人と植物が影響しあう中で生まれた作物は、主食となる穀類・イモ類から野菜、果物、工芸作物まで多岐にわたります。そしてそれぞれの作物ごとに栽培し利用する文化があります。日本の中でも北海道の大規模農業から、京都の様な小規模・高付加価値の農業まで、地域によって農業の形態も様々ですし、そこに品目、更には個々の農家さんのスタイルまで掛け算されるので、ものすごい多様性です。特に京都は昔からの伝統的な農業を続けられている農家さんもいれば、積極的に新しいことに挑戦されている方もいて、すごく面白いです。一生かかっても飽きることはないのではないかと思います。
ーーやはり、若者にとって農業は”ダサい”イメージがあると思います。彼らが農業に興味を持つために、どういったアプローチを考えられていますか?
当たり前のことですが、やはり若い人が入ってこないと農業は縮小していく一方です。農業を仕事として選ぶ若い人を増やすために、僕たち農鞠が出来る事は大きく2つあると考えています。
1つ目は農業の魅力を発信していくことです。農業は身近でない分、その魅力が伝わりにくいのではないかと思います。例えば農家は”野菜を育てている人””何となくダサい”というイメージが先行している様に感じますが、実際は栽培のプロであるだけではなく、マーケターのように市況を読んで出荷のタイミングを考えたり、資材の仕入れを工夫して経費を削減したり、規格外野菜を有効活用するために加工品を開発したり、はたまた地域の食育活動にも関わっていたりと、色んなことをされています。何よりも"食べ物を作っている"という矜持が、すごくカッコ良いです。僕自身、正直なところ昔は農業は"ダサい"と思っていましたが、農家さんと関わる中でそのイメージはすっかり変わりました。農家さんと直接関わる僕たちがそういった情報を発信していくことで、農業に興味を持つ人が少しでも増えればと思います。
2つ目は生産者の収入を増やしていくことです。農業に興味を持っても、農業で生計を立てるのが難しければ、仕事としては選べません。そのためには野菜の価値を高めていくことが重要になってくると僕たちは考えています。健康を支えているということ然り、また和食文化を始め日本の文化と深く関わっているということ然り、野菜には単なる"食べ物"以上の価値があると思います。その価値を伝えていくことで簡単にいえば、もっと野菜にお金を使っても良いという人が増えるのではないでしょうか。僕たちが食育活動で京野菜の魅力を小学生に伝えているのは、彼らが大人になったときに「少し高いけど、京野菜を食べてみよう」と思ってもらうためです。野菜にお金を使う人が増えれば、最終的には生産者の収入に反映され、農業を仕事の一つとして選びやすくなると考えています。
ーーキシュウさんのこれからのビジョンを教えてください。
2020年の東京五輪は、日本の和食文化や美味しい野菜を世界に発信する良いチャンスだと考えています。今、東京の和食料理人さんの会である「東京都日本調理技能士会」に農鞠(のまり)も関わらせて戴き、弊社がお野菜を提供し、料理人さん達が腕を振るってお料理して頂いた作品を展示する「食べる展覧会」というコラボイベントを定期的に開催しています。
先日11月23日は京都・京北の野菜をテーマにした展覧会が東京のキッコーマン本社ビルにて開かれ、右京区の副区長様にもご出席頂いて京北地域のPRを行いました。「海老芋のてまり揚げ」「聖護院かぶらのコンポート」など、私達には到底思いつかない料理人さんの発想に、いつも驚かされいます。料理という形で、野菜の価値を引き上げる料理人さんの技術力、そしてその発信力の強さは日本の食文化を発信する中で重要な役割を果たしており、農業を支えていると感じています。「食べる展覧会」の様なイベントを通して、料理人さん、農家さんとのネットワークを築いていき、東京五輪までに、野菜を供給しその価値を発信できる体制を整えて行きたいと思います。
大学一年次よりスタートアップに興味を持ちアプリ開発/ベンチャーでのインターンシップを経験。 現在、学生の視野を広げるco-mediaとインターンシップから築く新しい就職の形InfrAを運営する株式会社Traimmuの代表。 サッカー観戦とジム通いが趣味。