女の子は、痩せたら幸せになるのか。

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本エッセイは「女子は細くあれ」という社会の価値観に苦悩した筆者が、自身の経験をふりかえりながら女子にとっての幸せを考えるものである。

ある日、女の子はずっと好きだった彼から「デブとは一緒にいたくない」と言われ、涙で目を腫らせて友だちに電話すると「あんた、そろそろ痩せなよ」と追い打ちをかけられ、打ちのめされる。そして彼女はついに決心する。「私が悪いんだ」「ダイエットしよう」と。女の子が失恋してダイエットをしたら好きだった彼を見返せた/彼に振り向かれた、というような話を、私は「日本女子のシンデレラストーリー」と呼んでいる。これに類似の話は、バラエティ番組や広告など様々な媒体を通してこれまでうるさいほど世間に放出されてきた。

このストーリーは「細くない女の子は非魅力的」というメッセージを暗に発している。「太っているんだから、一緒にいたくないと男に思われて当然」とも言っている。私は、強い違和感を覚える。そこには「痩せていてスタイルの良い女だけが魅力的である」という強烈なメッセージが幾重にも重なっており、それが細くなりたい・ダイエットしないといけないという女の子の衝動的欲求や強迫観念を駆り立てているように感じるからだ。


「私にはあんなスカート履けない」

私は高校時代に友だちと遊びに行った海で、知らない同年代の女の子たちに「デブ」と言われたのをきっかけに自分の体型を意識するようにはなっていたのだが、自分が本当に「非魅力的な女」に分類されるということを確信した出来事がある。大学進学のために上京した頃、サークルの勧誘で熱気を増したキャンパス内を歩くと、どこからともなくチラシを渡されたり、掛け声が飛んできたりした。人だかりの隙間から遠目に見えたのはチアリーディングサークルのふたり組で、光沢のあるゴールドカラーのリボンがついたミニスカートを履いて、サークルのロゴが入った少し大きめのサイズのパーカーを上から羽織っていた。ドキッとした。羨望と好奇心が湧くと同時に「私にはあんなスカート履けない」という暗い諦めの気持ちが混ざって、感情が制御不能に陥り足並みが狂いそうになった。緊張の色を顔に出さぬようドキドキしながらついに彼女たちの前を通ると、私に話しかけようと前のめりになった一人を、もう一人がさりげなく制止したのだった。

私は何食わぬ顔で二人の前を通り過ぎ、早足に歩き続けた。頭に血がのぼるのを感じた。こんな見るからにぱつぱつなジーンズ姿で、二重顎で眼鏡が頬肉に乗っかってるような女に、チアリーディングサークルに入る資格なんてあるはずがなかった。私は規格外だったのだ。何事もなかったかのように過ぎたあの一瞬、心の中で何かが壊れた気がした。

私は私がチアリーディングサークルに入るか否かという事を、自分で決めるチャンスすら与えられなかった、と一人嘆いた。話したこともない他人が、私の代わりに勝手に判断してしまったのだ。これは体型や容姿を理由に人を差別するということであり、自己決定権という人の大切な尊厳を踏みにじる行為だと思う。

私は太っているから、皆んなみたいに彼氏ができたり、キラキラした大学生活を送ったりできないんだ。太っている女はこんなにも不幸なのかと、自分を何度も呪った。私も痩せて、魅力的になりたい。この後私は例の「シンデレラストーリー」の如く本当に20キロ以上痩せてしまったのだが、この時のダイエットの話は別途書きたいと思う。


少しだけ自信を持って生きられる ”気がしていた”

ダイエットしたら、前よりも幸せになったように感じた。地元の友だちに「痩せた?なんかめっちゃ垢抜けたなぁ」と褒められたり、新宿駅で友だちと待ち合わせていたら、人生で初めてナンパされたりした。もしかして私も魅力的になったのかも、とこの時は少しだけ自信を持って生きられるような気がしていた。

大学の帰り道、東西メトロのプラットフォームを歩いていた時のことだ。若い男二人組がこちらに向かって歩いて来る。すれ違った直後に、彼らの話し声が耳に入った。「かわいい?」「まあまあだけど、服はダサいな」とんだ地獄耳を持ったものだ。心臓の鼓動が、ドクン、ドクン、と身体中に響き渡った。私は凄まじく動揺していた。駅のホームドアに映るお気に入りのコーディネートは、既に輝きを失って見える。ノリノリで撮った今朝の自撮りを見返すと、まあまあな女がたいそうにカッコつけているとしか思えなかった。何より、こんな見ず知らずの男のくだらないコメントに一喜一憂してしまうのが本当に悔しかった。


「美の秘訣は心の中にある」

でもこの時、あることに気がついたのだ。私は自信を持ったり、自分を肯定したりする大切なマインドセットを、他人任せにしていたのではないか。痩せて幸せになったと、私は長い間信じて疑わなかった。でも考えてみれば、私は周囲から認められることに必死になって、自分で自分を本気で信じたことなど一度もなかったのだ。他人の目にダサく映ったって、その視点を内面化する必要なんてなかった。私はこれが好きだ、という個人の原始的直感を自分で守らなくて誰が守るというのだろう。チアリーディングサークルに勧誘されなくて屈辱を受けた時だって、興味があったなら自分から聞きにいけばよかったのだ。誰にどう言われようと、他の何者でもない、自分の意志で動けばよかったのだ。

好きな言葉がある。”The key to beauty is the inside job. The key to beauty is feeling beautiful.” アメリカの政治家で活動家のアレクサンドリア・オカシオ=コルテスの言葉で「美の秘訣は心の中にある。私は美しいと心で感じることが大事なのよ。」という意味である。これは、他人からの視線と自己承認欲求でがんじがらめになった私の心を解き放ってくれるような言葉だ。

誰かを魅力的に感じる時、私たちはただ細いか、太いか、という単純な判断をしている訳ではないのだと思う。「魅力」とは本当はもっと奥深いものではないだろうか。普段から自分の好みや魅力への理解を深め、それらを思い思いに表現すること、そしてその過程こそが、その人にしかない美しさを引き出していくのではないか。だから私は、細さが魅力の絶対条件だとは思わない。そして多分もっと大事なのは、どんな私も魅力的だと、他の誰のでもない自分自身の心で信じることなのだ。自分を愛さなければ、きっと本当の意味で幸せにはなれないのだ。自分を受け入れ、試行錯誤しながら自分の魅力を最大化し続ける女の子たちを、私は見てきた。「細い」とは一味も二味も違う価値観を体現し続ける女の子たちの生き方、そういう果敢な生を私も生きたい。


この記事を書いた人

園生りこ(ライター)

University of Sussex 在学。徒然と、心叫ぶままに書いていきたいです。私だから思うこと・皆さんにお伝えしたいことを勇気を出して言葉にする、それが大事だと思って頑張ります。


公開日:2024-01-25

この記事を書いた学生ライター

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