おはようございます。co-mediaライターの成川です。北国では雪が積もり始めています。いっぽうで、以前記事を書いたベトナムは現在も30℃くらいだそうで、こう考えると人間は本当にどこにでも住んでいるのだなと思わされます。(もちろん人が居住できないアネクメーネという地域も存在するのですが)どんな環境でも生きていけるのは人間の特長ですね。
しかし、そもそも「人間」とは何なのでしょうか。人間の定義は何か、人間と他の動物を区別するものは何か、人間が生きる意味は何か。こうした問いには一義的な答えが存在せず、したがって訊ねられると困ってしまいます。ですが、この難解極まる問題に立ち向かうのが「人類学」という学問です。今回はその「人類学」について、ざっくりとご紹介できればと思います。
成川航斗(ライター)
北海道大学2年生。人類学を専攻しており、アイヌ・民俗風習・博物館などについて研究している。
人類学とは:3つのキーワードから考える
筆者の考える人類学のキーワードは大きく「境界」「フィールドワーク」「文化」の3つです(今回の記事ではこれだけ覚えてくだされば完璧です笑)。
「境界」と言えばカタいですが、これは実際みなさんのまわりに数えきれないほど存在しています。例えば、文系/理系という境界。僕はド文系の人間ですが、当然ながら国語や社会といった文系の勉強「だけ」してきたわけではありません。逆もまた然りです。それに、そもそも「文系の勉強」「理系の勉強」といったものは厳然と決まっているのではありません。物理学をテーマにした国語の問題もありますし、読解力の必要な数学の問題もあります。文系/理系という区別ははじめからあったものなのでしょうか。答えはむろんNoであり、それは人為的に、恣意的に、「つくられた」ものです。
それでは「つくられた」境界について考えてみましょう。こうした境界は他にも男性/女性、生きる/死ぬ、おとな/こども、聖/俗...と無限に挙げられますが、私たちはこんな風にまわりの物事を切り分けて理解しています。なぜならそうする方が便利だからです。しかし、物事を切り分けることが必ずしも「便利」につながるとは限りません。先の例では文系/理系と分けることで自分の勉強内容が分かりやすくなり「便利」ないっぽうで他の勉強をしている人とは話が通じづらくなり「不便」であるように、一つの基準では白黒つかないこともたくさんあります。世界とはグラデーションのようなものであり、境界というのは「とりあえず」の交通整備として世界の中で機能しているにすぎないのです。人類学ではこうした境界を観察し、場合によっては比較することを主軸としています。
では、グラデーションのような世界をひとつのモノサシで見ないためには、何をすればいいのでしょうか。それは当然、いろんな境界を実際に「観る」ことです。世界には様々な地域があり、少し自分が住んでいる地域を離れるだけで言葉や食べ物などの文化から、普段行う仕事の内容まで大きく変わってしまいます。。ですがそれらを教科書やインターネットで調べるだけでは具体的なイメージが湧きません。だからこそ、現地で生きてみるのです。
現地で暮らしてみると、コトバでは表しえないものが数多くあることに気づかされます。人の話しぶりや装い。植物や動物の種類。インフラの制度や土地の広さ。筆者も進学に伴い札幌に住み始めましたが、同じ日本でもこれだけ違うのかと痛感しました。百聞は一見に如かずです。もちろんどこでもこんな風に顕著な差異を感じるわけではないでしょうが、少なくとも自分の知らないものを、既製品のコトバに押し込められないかたちで体感してみることは非常に有意義です。人類学には、こうやって違いを捉えると良いよ!ここに比較基準があるよ!といったヒントが転がっています。
定義はひとつではありませんが、文化とは、人間が生きる上で生み出した様々なものの総称と言えます。そのため、一般的に「文化」の対義語は「自然」です。これもひとつの境界(文化/自然)ですが、それを乗り越えようとする向きもあります。
さて、みなさんの文化は何でしょうか?少し考えてみてください。
それでは次に、あなたの文化は見知らぬイギリス人のそれと何が違いますか?どちらの文化の方が優れていると思いますか?
当然一言で答えられるようなものではありませんし、そもそも何を以て「優れている」のかなど決まるはずがありません。
しかし「列強」と言われるほど西欧諸国がイケイケだった時代(19世紀後半〜20世紀前半)には、おもに西洋人の間で自文化中心主義(エスノセントリズム)という、自分の所属する民族・人種の文化が最良のものであると考えて他の文化を否定的に見たり軽視したりする考え方が主流でした。ですから上の質問をこの時代の西洋人に訊けば、十中八九「イギリスの方がすごい!」という答えが返ってきたことでしょう(あなたが非西洋ネイティブの場合ですが)。かつては国力がある西洋の文化こそ文明的であり、その他の国の文化は野蛮であるとされていました。
その潮流が大きく変わったのは現代になってからです。どんな文化にも高度な歴史があり、したがって国力の強さがそのまま文化の優劣に寄与するわけではないとする学説が伸びてきたのです。このような考え方を文化相対主義と呼びます。とはいえ、我々のなかにもしばしば偏見があることが見受けられます。先ほどの質問に戻りますが、あなたの文化と「ベトナム」の文化ならどちらが優れていると思いますか。あるいは「南スーダン」の文化ならどうでしょうか。文化相対主義の立場から考えれば、答えはむろん「どちらの文化も等しく優れている」です。
しかし即座にこの答えを導けない人もたくさんいます。ベトナムにも南スーダンにも、独自の文化があります。他の地域の人が逆立ちしても真似できない技術もあります。「文化相対主義が完璧だ」と言うつもりはありませんが、自分の方が相手よりも優れている、などという自己中心的な主張はとても不安定で不確実な根拠のもとにあることを押さえておく必要があるでしょう。
人類学を勉強する意味
以上のようなことが中核となっているのが人類学という学問ですが、この学問を極めることによってなによりもまず「リアル」を知ることができます。様々な地域で現地の人の生の声を聞くことで、「理解」にとどまらない「納得」を体感できます。前述の通り言語化不能な世界を知るために、生身での経験が重要です。
また、「第二の視点」を得られることも旨みでしょう。私もふくめて人は自分の慣れ親しんだ価値観を尊重しがちであるので、「これは正しい」「これは正しくない」といった評価軸が固定されて、そのほかの判断基準を無意識下にしりぞけてしまうことがよくあります。これは遥か昔からトラブルを生んでおり、広い例では民族紛争や派閥争い、最近の卑近な例ではツイフェミや毒親、ネトウヨといったものもこれが一因でしょう。しかし、文化相対主義に代表されるように様々な価値基準を尊重することも学べるのが人類学ですから、こうした問題に十分に立ち向かい得る学問だと思います。
【オマケ】おすすめの作品
以上でメインの内容は終わりなのですが、みなさまの中にはもっと詳しく知りたいという奇特な方もおられるかも知れません。そこで、おすすめの作品をいくつかご紹介します人類学を志す上で必ずしも最適のものとは限りませんが、あくまで「超」入門として興味の湧きやすいものを挙げておきます。とりあえず理解しやすいであろう順に並べたので、上から攻めていってもらえると間違いないかと思います。
『となりのトトロ』(スタジオジブリ作品)(1988)
言わずと知れたジブリの有名作品。しかし人類学的な切り口で観てみるのもおもしろいです。主題歌にも「子どものときにだけ あなたに訪れる 不思議な出会い」とあるように、トトロの世界はまさしくおとな/こどもの境界を露わにしているのです。しかし、ではなぜ大人には見えないのか。自分なりに考えてみると世界が広がります。
『ゴールデンカムイ』(野田サトル 著)(2014-2022)
筆者は数巻しか読んでおりませんが、主人公の杉元さんがおこなっていることは上で述べたフィールドワークそのままです。和人(本州に住んできた日本人の大半)とアイヌがどう異なっているのか・同じなのかがよく分かります。
アイヌがなぜ先住民なのか、現代のアイヌも同じ暮らしぶりなのか、なぜアイヌの方々が減ったのか、そうした社会問題を考えるきっかけにもなります。
『遠野物語』(柳田国男 著)(1910)
おもしろい風習がたくさん載っています(人類学に関わりが深いかは怪しいですが)。現代でも人気のある妖怪や伝統文化といったネタを詳しく知るきっかけになると思います。他にも柳田はいろんな土地の生業や祭祀について論評しているので、みなさんの地元についての文章から攻めてみると楽しいかと思います。
『進撃の巨人』(諫山創 著)(2009-2021)
人と巨人の違い、「壁」を境界とした身分社会、民族のアイデンティティなど人類学的なテーマが目白押しです。特に終盤に向かうにつれ、どのグループにどんな正義があるのか、なぜ殺人という残虐かつ非合理的なことを積極的にするのか、世界中にある戦争問題にも通ずる論理をも知ることができます。
『文化人類学の思考法』(松村圭一郎、中川理、石井美保 著)(2019)
これまで述べたとおり、人類学には無数のテーマがあります。その中からメジャーな例をいくつか知ることのできる入門書です。教養として有益ですし、たとえ人類学を本格的に勉強しないにしても自分の専門に近い分野がきっと見つかるはずです。
『改訂版 エスノグラフィー入門 〈現場〉を質的研究する』(小田博志 著)(2023)
特段難解だというわけではありませんが、人類学の方法論がたくさん説明されているため好奇心がグングン湧くものではありません。ただし、人類学にはじめて触れる学生がどんな手順を踏むべきなのかが明快であるので一度確認しておくのはオススメです。
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みなさんの身の回りにも無数にある「境界」「フィールドワーク」「文化」。この記事や、オススメした作品がそれらを感じ取るきっかけとなれば幸いです。それでは、またどこかの記事でお会いしましょう。
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公開日:2023-12-19