「私たちは人間についてもっと勉強する必要があると思うんです」——そう語るのは、株式会社リクルートジョブズに7年間勤務した後、定時制高校の担任を5年間務め、今年度から全日制高校で教鞭を振るうという、異色のキャリアを持つ井波祐二さん。
「自分の将来について考える一つのタイミングである高校時代に、多様な経験や出会いを提供したい」という学生時代から描いてきたヴィジョンを掲げ、初の赴任先である定時制高校では外部機関と連携したキャリアデザイン教育に積極的に取組んできた。
学校を超えた環境や人を巻き込むことで、生徒にアカデミックだけでない学びの提供を試み続ける井波さんに、教育業界に関心のある全ての“未来の先生”に求められることを伺った。
—— 井波さんは、民間企業から高校教員に転職されたとお聞きしています。いつ頃から、教員を志されたのでしょうか。
井波:まだ私が大学生だった頃です。当時は高校時代に打ち込んでいた野球を通じ、若い世代に人間形成やキャリアデザイン教育を提供したいと考えていました。結局新卒で民間企業に就職したものの、大学在学中にに教員免許を取得しています。
ファーストキャリアに民間企業を選んだのは、まずは自分自身が社会に出る経験をすべきだと思ったからです。生徒たちには、自分の経験談を踏まえたアドバイスがしたかったのです。就職の面接の際も、「将来教員になるので、5年で辞めます」と伝えていました。納得して辞められるタイミングが来たのは、働きはじめて7年目だったんですけどね。
—— 高校教員になられてから最初の赴任地は定時制高校ということですが、現場ではどのようなキャリアデザイン教育を行ってきたのですか。
井波:民間企業や大学生と連携した出前授業、インターンシップや会社見学、対話型のワークショップ……など、外部機関と連携を図りながら、多種多様なアプローチを実践していました。
意識していたのは、生徒一人ひとりのキャリアビジョンを知り、それぞれに合った機会を提供すること。25人の生徒全員と対話し、25分の1のための活動を25回行おうと決めていました。
具体的な内容を挙げると、お笑い芸人さんをゲストに招き、人間関係形成に深く関わるコミュニケーションについて考えたり、商店街の方と連携し、再開発が進む中で発生する課題を若者視点で考えてプレゼンしてもらうなど。連携したいなと思った外部機関には、個人的なツテを使うだけでなく、直接連絡してアポイントをとるなどして、アクションを起こしていました。とにかく自分からアプローチしました。
—— 外部機関に積極的に協力を求める姿勢は、教科指導から進路指導まで一人で担う教員のあり方と異なります。そうした姿勢は、どのようにして培ったのでしょうか。
井波:民間企業で営業マンをしていたときに培われたものです。「課題解決は、必ずしも自分でやらなくていい」という考えが前提にあります。
民間企業では、コア業務とそうではない業務を切り分けて考えていました。たとえば「この部分は、得意なパートナーに任せよう」といった具合です。自分でできないことを、できるまで努力する姿勢も大切です。しかし、任せた方が結果的にいい成果を生むケースもある。一方で、学校ではワークシェアリングをすることがあまり見られません。
社会を生きる中で、「頼ってもいい」というマインドを持つことは重要です。私はその考え方を、生徒にも身につけてほしいと思っています。しかし、学校現場では教員自身が外部に頼りやすい環境に置かれていないことも事実です。
それゆえ、高校生が多様な大人と接する機会は、まだまだ少ない。今日97%の子どもたちが高校に進学していることを踏まえると、高校は実質的に最後の義務教育と言えるでしょう。
卒業後は就職、専門学校、大学進学など、さまざまな道へ進むので、多くの生徒にとって、高校時代は幅広い選択肢を持てる最後の期間です。つまり、この期間に可能性を知ることができなければ、将来を限定的に考えるようになってしまいます。
しかし高校生の多くが、学校と家庭の往復で3年間を終えてしまう。子どもたちは周囲の環境や身近な大人の影響を受けて成長していくので、出会う大人が少ないと、人生に対する考え方や選択肢が狭まってしまうのです。
—— 全日制の高校に異動されましたが、これまでの経験は活かされていますか?
井波:実は、全日制の高校に異動してからは、キャリアデザイン教育にあまり着手できていないんです。というのも、全日制に通う高校生は勉強や部活で毎日とても忙しく、機会の創出が難しい。つまり、そもそもの教育現場の構造に問題があるということです。
特に今年はコロナ対応が重なり、生徒も教員も余裕がない状況もあります。しかしこんなときだからこそ、大人が伴走者となり、生徒が自分自身のことを立ち止まって考える機会をもっとつくってもいいと感じます。でも今の環境は、自分が高校生だった頃とほとんど同じと言っていいほど変わっていません。どの全日制の学校も、もしかしたら似た状況なのかもしれませんね。
—— 高校生が多様な選択肢を得るために求められる、教員の役割とは何でしょうか?
井波:学校という枠を超え、生徒に広い世界を見せることだと思います。キャリア教育という視点で見れば、教員以外にもできることがたくさんある。だからこそ、生徒に最も近い存在である教員が、外部機関と生徒をつなぐ役割を担う必要があるはずです。
—— つまり井波さんは、その役割を全うすることに全力を注いでいくと。
井波:おっしゃる通りです。高校生が自分と向き合う場や、さまざまな人と対話する機会の創出にこれからも取組み続けていきます。今はオンラインでの交流もめずらしくなくなったので、これを機に海外現地の方と交流する機会などもつくろうと考えています。
未来ある若者たちには、「とりあえず」や「まあいっか」で進路を決めてほしくないと思っています。具体的でなくても「こうしたい」「こうなりたい」という想いからキャリアをつくることで、自分らしい未来を描けるからです。
自分で意志をもって何かをやってみる。仮にその行動が上手くいかなかったとしても、またそれから立ち上がる。この積み重ねこそが、生きていくことなんだということを、みんなが少しでも意識できる場づくりをしていきたいです。
また同時に、“教員のリブランディング”も目指しています。例えば、某有名テレビ局の方と連携し、『UNPORTALISM Education』というウェブメディアの企画です。
教員になって、志の高い先生たちがたくさんいることを知りました。一方で、メディアに出てくる教育についての情報は、いじめ問題やブラックな職場環境など、ネガティブなものばかりです。私はそんな状況を、打破していきたい。想いを持って仕事をしている先生たちの姿を世の中に知ってもらうことで、もう一度先生という仕事のやりがいや魅力を広げたいと考えています。
—— 『UNPORTALISM Education』では、“「未来の大人」である子供たちに「未来の先生」の姿を見せていきたい」という理念” を掲げられています。“未来の先生”に求められる力は何だと思われますか。
井波:「教育とはこうあるべき」といった固定観念に囚われない力だと思います。インターネットが普及して多様な価値観に触れられる時代になりましたが、フィルターバブルといった現象が起き、一つの価値観に縛られやすい社会になっているのもまた事実です。
こうじゃなきゃダメ、こうあるべきだという考えを強く教育現場の人間が持ちすぎてしまうと、これから社会を生きていく子供たちはとても生きづらくなってしまうはずです。
また、社会がどのように変化していくのか分からない現代だからこそ、子供たちを「過去や今の正解」の価値観に基づいて指導しようとするのではなく、どんな子供でも未来をつくる主体者であると信じ、支援することが大切だと思います。
ですから、教員を含む教育業界を目指す人は、自分の教育観を疑い、多様な経験、多様なバックグラウンドを持つ人と触れ合ってほしいと思います。
運営している『UNPORTALISM Education』では、学校または地域で教育を起点としたイベントを企画しています。このメディアの他にも教員とつながれるプラットフォームやイベントは多く見られます。興味のある学生の方はぜひ参加していただきたいです。授業の企画が中心の教育実習だけでは分からない、学校現場の様子を知ることができると思います。
2000年生まれ。子供と社会の距離がもっと近くなったら素敵だなと思っています。多様性の中で生きていたい!@hiyori074(Twitter)