キャリアに迷走しフリーターを経験した岡田吉弘氏が、35歳という若さで市長に転身するまでの物語

Infra新卒 キャリア面談
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大学卒業後、都市圏の一般企業に就職。その後、各方面の著名人を輩出する松下政経塾に入塾し、全国でも異例の若さで広島県三原市市長に就任。—— 華々しいキャリアを持つ岡田吉弘氏だが、キャリアに悩みフリーターをしていた過去がある。「自分は何がしたいのか」「このままで良いのか」と迷いながら就職し、自分を見失ってしまったそうだ。

しかし彼は現在、市長という自分の天職に辿り着いている。いかにして、自分の仕事を見つけたのだろうか。

自らのキャリアに不安を抱く全ての学生に向けて、地元に戻るという選択をした三原市長・岡田吉弘に、これまでのキャリアとまちづくりのビジョンを伺った。また最後には、地方創生に関心を寄せる学生へのメッセージをいただいた。


自分探しの旅で、本当の自分は見つからなかった


—— まずは、岡田先生の学生時代について教えてください。当時はご自身のキャリアについて、どのように考えていたのでしょうか。


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岡田吉弘

2008年京都大学工学部工業化学科卒業。その後、四国遍路の旅へ。2011年同大学大学院工学研究科修士課程修了。化学メーカーに勤務し、両面接着テープの新製品開発に従事。その後退職し、松下政経塾に入塾。2018年同塾を卒業し、子どもを対象としたプログラミング教育を提供する、一般社団法人RoFReC設立、代表理事就任。2020年8月広島県三原市長に就任。


岡田吉弘(以下、岡田):「明確な目標を持てなかった」というのが正直なところです。工学部に進んだのですが、「本当にこの道でいいのか」と悩み、研究以外のことにも積極的に取り組んでいました。


—— 学外の活動ということでしょうか…?


岡田:おっしゃる通りです。多種多様なアルバイトをしたり、ヒッチハイクで日本中を旅したり。あとは春休みを使って、石垣島で住み込みで働いたこともあります。

アクティブに活動していたのは、「体験の中から大切なことが見いだせる」と考えていたからです。


—— 最終的に、“自分の生き方”は見つかったのでしょうか?


岡田:それが、見つからなかったんです。進路が決まらず、結局フリーターになりました。

しかし「このままではいけない」と思い、白装束を着て弘法大師様のお寺を渡り歩く、四国の八十八カ所巡りを始めたんです。僕は徒歩ではなく自転車で回ったのですが、それでも過酷なこの旅が、僕の人生の方向性を決めてくれました。


—— 旅を通じて定まった人生の方向性について、具体的に教えてください。


岡田:「社会に貢献する生き方をしよう」と決めました。

野宿して四国をめぐり、多くの方に激励の声をかけていただきました。結果として、いい経験をさせていただいた。そんなみなさんに恩返しがしたいという思いが芽生え、それが「社会の役に立つ人材になろう」という思いへと繋がっていきました。


輝かしいキャリアよりも、自分らしい生き方を選ぶ


—— 八十八カ所巡りを終え、その後の進路はどうされましたか。


岡田:社会に貢献できる人材へと成長するために、まずはそれまで専攻していた工学の専門性を高める必要があると考え進学しました。卒業後は、専門性を活かせるエンジニアとして化学系の一般企業に就職しています。


—— 就職された企業と現在のお仕事では関連性がないと感じます。地方創生に取り組もうとお考えになったのはなぜですか。


岡田:社会に貢献するためにがむしゃらに頑張っても、結果的に従業員の方々を苦しめていることに気づかされたんです。

当時私たちの企業は、人件費の安い新興国へと工場を移転し、生産量を増やし、業績を伸ばしていました。私も上海工場に何度か足を運び、技術指導をするなど、貴重な経験をさせてもらいました。

ところが、企業の業績が向上すると同時に、国内の工場が次々と縮小していきました。技術の進歩が、人の労働を奪う結果になってしまったんです。それ自体が悪いことだとは思いませんが、現場で働く彼らにとっては、目の前の仕事がなくなることは深刻な問題でした。

「お前のせいで仕事がなくなった」と言われてしまい、「精一杯働いても、結果的に苦しんでしまう人がいるならば、社会に貢献できているとは言えない」と考えるようになりました。


—— それが、退職するきっかけとなったのですね。


岡田:その通りです。「社会に貢献するとは一体何なのか」と再び自分に問う日々が続きましたね。そして考えるうちに、当時の企業と私の地元である、広島県三原市の状況が重なりました。

三原市では、重化学工業系の大企業が地元の経済を支えていました。しかし近年は、これらの企業が撤退し始めています。それによって、従業員の方々は仕事がなくなり、町を離れていく。人の減少に比例して経済が衰退し、町は活気を失っていきました。

そうした現状を知り、私の「社会に貢献する生き方」とは、このままエンジニアとして働くことではなく、故郷をもっと元気にすることではないかと思うようになりました。三原市の産業を育て、雇用を増やし、住む人や働く人が笑顔で元気になるまちづくりを進めることが、私の生き方だと考えたんです。


—— 退職することに躊躇しなかったのですか。


岡田:正直なところ、少なからず悩みました。就職先は、福利厚生や職場関係などが充実した素晴らしい企業です。それを失って、茨の道を進むわけですから、当然家族にも大反対されました。

とはいえ、これは自分の問題です。「強い想いを持って、自分の道を進むんだ」と自分を奮い立たせ、退職することを覚悟しました。


まちづくりは「人づくり」から始める


—— その後、松下政経塾に入塾されたと伺っております。当塾を勉強先として、選んだ理由を教えてください。


岡田:松下政経塾の設立趣意書に、「国や地域をつくるためには、理念を実現していくことのできる、人材を育てることが必要だ」といった趣旨のことが書かれています。この考えに共感し、人を育てることを通して、まちづくりを進めたいと思ったからです。


—— 入塾当初から、市長になりたいとお考えでしたか。


岡田:将来的な選択肢の一つとしては考えていました。しかし私は、狭くて深い分野しか学んでおらず、これまで一人のエンジニアとして働いてきたため、市長になれるだなんて到底思っていなかったです。

ただ、人材育成を推進させるためには、私が政経塾の「塾是・塾訓・五誓」を体得したリーダーになる必要があると感じました。そんなふさわしいリーダーになるために、常に実践することを心がけ、日々の勉強に励んでいました。


—— 当塾で、座学や実習などのカリキュラムがあったかと思われます。具体的にはどんなことを学ばれたのですか。


岡田:座学では、政治・経済などあらゆる分野・教養を学び、現地現場での研修などもしました。

しかしこれらは、最も大切にしている学びではありません。「志を持って入塾し、それを実現するために、自ら行動し学んでいく」ことが、学びの本質であると教えられました。

松下政経塾は「志があるならば、経歴は問わない」としており、強い想いがあるならば誰でも歓迎します。そして、4年間まちづくりのために、自ら「何を学ぶべきか」を考え、多くの地域を視察するなど主体的に行動しました。


—— たとえば、どこの地域の研究が参考になりましたか。


岡田:一番感銘を受けたのは、イスラエルです。戦争ばかりの国というイメージがあるかもしれませんが、プログラミング教育に力を入れるIT先進国という顔を持っています。

日本は、近年ようやくプログラミングが必修化されました。しかしイスラエルでは、1990年代にはすでに力を入れていた。日本よりも約30年も早くIT化に取り組み、長年にわたって人材を育てているんです。今や、GAFAと呼ばれる企業の基幹となる技術は、イスラエル発祥のものも多い。

これらの事例を踏まえ、国や地域をつくるには「人づくりから始めなければならない」という考えをより明確に持つようになりました。

そして“人づくり“を本格的に進めていくために、三原市でプログラミングの教育事業を行う「一般社団法人RoFReC」を設立するに至りました。


「想いを形にできるまちづくりをする」35歳市長・岡田吉弘の夢


—— 教育団体を立ち上げ、その後市長に就任されました。それ以外の職業や方法で、地方創生に取り組むという選択肢はなかったのでしょうか。


岡田:最終的にはやはり、市長になりたいと考えていました。しかし、市長はなりたくてなれるものではありません。多くの方に支持をされて、目指すことができるものですから。

とにかく、まずは謙虚に目の前の子どもたちの笑顔のために、魅力的な学びをつくるなどの教育事業に力を入れ必死に取り組みました。RoFReCを発展させることは、地域への寄与になると信じていましたから。

必死になっていたところ、それを認めていただく方も少しずつ増えてきて、「岡田は町のためにいいことをしている」「岡田のような人に市長になって欲しい」という声をかけていただくこともありました。


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—— 地方創生の構想が実現した三原は、どんな姿になっているでしょうか。


岡田:私は元々経済人だったこともあり、「経済の活性化=三原の発展」と考えています。現在は起業家が生まれる町、オフィスを設置したいと思っていただける町にしたいです。

起業家の方々が、自分の想いを事業にしようと奮闘し、それに多くの方が応え、コミュニティがつくられていく。イスラエルにある「エコシステム」と呼ばれる構造を三原にも醸成させるため、行政も応援していきます。

とはいえ、政治は「少数の困った人を無視してはいけない」とも思います。これは私の尊敬する、吉井正澄さん(熊本県水俣市元市長)のお言葉です。


—— 具体的に、行政はどのように応援していかれるのですか。


岡田:たとえば、情報発信に力を入れるつもりです。

オフィスとして使っていただける空き家情報やイベントの告知など。市長は、「町一番の営業マン」だと考えています。「三原に行ってみたい」「魅力のある町になった」と思っていただけるように伝えるのが仕事の一つです。

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—— 地方を背負う覚悟を持つ学生へ、メッセージをいただけますか。


岡田:地方創生に強烈な興味があるならば、今すぐに取り組むべきだと思います。地方で頑張る若者を応援したいという企業の方や年配の方は多いですよ。家族も心配しながらも喜んでくれます。

もし迷っているなら、長い目で見たらいい。まずは社会に出て、自分の実力をつけていく。そうすれば、また見えるのものが学生の頃とは違ってきます。

最後に決断をするのは自分ですから、多くの経験をし、自ら考えてください。そして、地方で働くことを選んだなら、ぜひ共に、地方から日本の活力を生み出せるように力をあわせていきましょう。


この記事を書いた学生ライター

網干和希
網干和希
18 ライターに共感したらGoodしよう!

1999年生まれ/広島出身/立教/「どうすれば地元を元気にできるか」を日々考え、行動したい。

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