各界のトップランナーを招き、学生と講師がインタラクティブに意見を交わし合う実践的な授業で人気を集める法政大学キャリアデザイン学部・田中研之輔教授。大学内の学びに止まることなく、就活や卒業後のキャリアを実践的に結ぶ教育メソッドにより、法政大学ベストティーチャー賞を受賞されています。
田中教授が大学2年生を対象に12年間継続して行っている講義「キャリア体験学習」。今年度のトップバッターとして(株)KADOKAWAレタスクラブ編集長を務める松田紀子さんをお迎えしました。
書籍編集長と雑誌編集長を務めてきたご経験をもとに編集業の面白さ、チームビルディングの秘訣、また新しいチャレンジをどう捉えるかなど、松田編集長独自の視点でお話いただきました。
学生から「もっと聞きたい」と質問がひっきりなしに続き、その場で「第二回も絶対に開催しましょう!」と決まるほど盛り上がった本講義の様子をco-media編集部がダイジェスト形式でお届けします。
田中研之輔教授(以下、田中):今年度最初の特別講師をお迎えします。(株)KADOKAWAレタスクラブ松田紀子編集長です。松田編集長からは「これからのメディアのつくりかた」についてお話いただきます。それでは、どうぞよろしくお願いします。
松田紀子編集長(以下、松田):皆さん、こんにちは。今日は「編集職の可能性やアイデアを形にする面白さ」をお伝えできればと思っています。
私は長崎県生まれの九州育ち。山口の大学を出て、福岡に就職しました。リクルート九州で『じゃらん九州発』の編集に携わった後、27歳で東京へ。メディアファクトリーに入社しコミックエッセイというジャンルを立ち上げて書籍編集を15年してきました。
松田:ひとくちに編集といっても、その仕事はさまざまです。私がこれまで従事した書籍編集と雑誌編集にも、大きな違いがあります。
書籍編集は、例えるなら個人競技です。書籍編集を行う編集者は、自分ひとりで企画を出します。書籍編集では自分の感覚・価値観がしっかりしていないと企画がふらつき、ゴールにたどり着けません。現場に出たら一人で走りきるしかない。かなり胆力がいるけれど、とてもやりがいのある仕事だと思っています。
一方で、雑誌編集というのはチーム競技。雑誌は編集長が責任を持ちますが、みんなでアイデアを出しあって作っていきます。編集者の担当ページは多くても16ページ。月刊だと結果がすぐ見えるので、より良いものへとすぐに改善できる。売上げが良くなかったときも「はい、次々!次頑張ろう~」と前を向いていける。チームの強みを活かして、一丸となって部数を伸ばしにいく。これは書籍編集にはない喜びですね。
学生A:書籍編集と雑誌編集は、どちらを最初に経験するのがオススメですか?
松田:最初は、雑誌編集がオススメかなぁ。いきなり書籍編集はしんどいかもしれません。
KADOKAWAで言うと、レタスクラブでは、毎年1名新人が配属されます。あらゆる業務とスキルを身に着けることができるからです。会社からも「仕込んでくれ」と。
雑誌やWebメディアもそうですが、編集部みんなでアイデアを出し合い、先輩の働き方を見ながら勉強させてもらえるので、最初は雑誌編集になることが多いと思いますよ。
松田:私は2016年に編集長に就任したのですが、実は『レタスクラブ』の編集経験が一度もなかったんです。『レタスクラブ』の編集歴が20年になるベテラン選手の中に、ぽんっと連れていかれたわけです。
みんなからは「なんであの人が編集長なのか」と冷ややかな目でみられるし、私自身も「なんで私が編集長なんだろう」と思いながらやっているという、微妙な空気感の中で始まりました。
とはいえ「やるからには頑張ろう」と思い、初めて『レタスクラブ』という雑誌に触れ、良い雑誌が作れるよう尽力しました。私が最初にしたことは、雑誌を読む中で感じた違和感の解消です。パラパラと読んでみたときに、時代との乖離を感じました。
たとえば「今どき、夕飯に4品つくりなさいってハードル高すぎない?」とか「モデルルームみたいな部屋や収納って、そんなに羨ましい?」など、自分が『レタスクラブ』に対して感じた違和感を一つ一つ見直していきました。
編集者も忙しくてリアルな主婦の声を聞く機会が少なくなっていて、捉えている主婦像が古かったんです。
「そんな主婦いないから!」と言って、編集者全員に、主婦たちにヒアリングしてもらうようにしました。読者と編集者との乖離を埋めていくようにしたのです。
学生B:新しいコミュニティに入ったとき、従来のやり方に対しておかしいとおもったら、どこまで踏み込んで良いものなのでしょうか?言わなければ変わらない、でも言うと浮いてしまうのではないかというジレンマがあります。
松田:ポイントは、「自分の意見をちょっと出して下がる」。全員に対して受入れてもらえるかは分からないから「Aさんは大丈夫だった、Bさんはこれくらいまで大丈夫」と人によって接し方を変えるのはありだと思いますよ。
あと、編集長クラスの会話で「今の若い子は失敗とリスクを恐れるあまり、言われたことだけ粛々として、チャレンジをまったくしないんだよね」と話題によく出ます。
でも「それで人生楽しいの?」って思っちゃうんですよね。上の立場からすると、びっくりするくらいの失敗、大笑いするくらいのできごとが欲しい。そのくらいのほうが楽しいし、右往左往することが上の立場の人間の仕事だったりするわけですから。
田中:キャリアデザイン学部でこの講義をスタートして、もう12年が経ちます。これまで招聘してきた特別ゲストは170名近くです。
授業を開講してから10年が経った頃、客観的に色んな職種を分析してみました。そのなかでも「編集」という仕事は、人生100年時代の「生き方や働き方」を考えるキャリア論を学んで巣立っていく本学部の学生にとって非常にやりがいがある仕事だと思うようになりました。
とはいえ、「書くのが苦手」「ゼロからのアウトプットは苦手」という学生が少なくない現状もあります。「編集職」のやりがいや楽しさを松田さんからぜひ、学ばせてほしいです。
松田:「編集」って、デスクでコツコツ作業するイメージあるかもしれませんが、「人と会う」「人と人を繋げて新しい価値を生み出す」といった価値が本質です。私は編集を、サービス業やコミュニケーション業だと捉えています。
書籍や雑誌やWEBなど媒体に関わらず、非常に汎用性の高い職業なので、編集力を身に着けると、リアルな場やイベントでも役立ちますし、色んな場で実力を発揮できます。
編集者ってそこに横たわる名もなき「価値観」を言語化し、パッケージにして、世の中に差し出せる類まれなる仕事だと思うんです。
また、才能のある人はいつだって内気ですから、その殻を破らせて「この才能を見て!」と世の中に出す喜びも格別です。進路を考える際に、みんなにオススメしたいと思っています。
田中:松田さんを招聘するにあたり企画プロジェクトチームを作り、夜な夜なやりとりをして、グループワークも企画していたのですが、質疑応答が盛り上がってあっという間に時間が過ぎてしまいました。
編集長をお招きして仕事の裏側を直接聞けるのは本当に貴重です。社会人になるとなかなか聞けません。松田編集長の話を聞いたみんなは、どの雑誌や書籍にも編集長がいて、どんな人がどんな思いで誰に届けたくて、どんな苦労をして作ったものなのかを想像し、作り手側の視点を手に入れてほしいと思っています。
作り手側、編集の視点を少しでも養えば、世界はまるまる違って見えてきますから。
松田:みなさんからの質問とても面白かったです。3月末でコミックエッセイ編集長を引退したのですが、引退した途端、編集者を育てたい気持ちが猛烈に沸いて、この講義も未来の編集者を育成したい気持ちのままお話しさせていただきました。
まだまだ若い、未来しかない大学生の皆さん達が、少しでも編集職に興味を持っていただけたなら嬉しいです。
そして、仲間がいるって本当に素晴らしいこと。社会人になると仲間ってなかなか作りづらいので、社会に出る前の学生のうちに、仲間との関わりを堪能してくださいね。
松田編集長は、関わる人の「思い」をくみ取り、「チームの力」にまとめ上げていくプロフェッショナルです。
あたりまえに囚われない。『レタスクラブ』の編集長に就任され、これまでの前提を疑い、読者が知りたいであろう内容へと大きく舵をきった。他社に企画を「パク」られた時には、編集長自らあえて「怒り」狂う。それが頑張って形にしてきた同僚たちの「悔しさ」を和らげ、痛みを受けるめることでもあるから。守ってくれる編集長だから、皆が力を発揮するようになるのですね。
無駄がない。ご自身の経験を一切無駄のない端的でわかりやすい言葉で学生にアドバイスされる様子をみて、私は編集長という仕事の凄みを感じました。
巻き込み力がある。編集長から発せられる言葉には「思い」が自然とのせられている。熱を帯びた言葉は、前のめりに参加する学生たちの心に直接、届いていきました。
松田編集長の参加学生一人一人の思いをくみ取りまとめ上げ、それを「みんなの手柄」にしていく「編集力」は、働くことのやりがいや面白さを感じるだけでなく、働くことで感じられる「喜び」をも教えてくださいました。
学生たちと共に学び、成長した暁には、松田編集長による「白熱会議」をここ法政でふたたび開催できればと思います。
我が家のリビングには『レタスクラブ』がならびます。編集長ありがとうございました!
今回は今年度の「キャリア体験学習」初回の講義であり、さっそく松田編集長をお招きするとのことで、とても楽しみにしておりました。
私は司会を務めさせていただいたので、終盤にかけての白熱した様子を肌でひしひしと感じました。初回ということもありとても緊張しましたが、松田編集長の回を担当できたことをとても喜ばしく思います。
多くの質問が飛び交い、時間が本当にあっという間に経ちました。まだまだお聞きしたいことや、話し足りないことがたくさんありました。また講義を通じてお目にかかれる機会を楽しみにしております。
松田編集長ありがとうございました!
ライター:岡村紘子
学習院大学卒業後、クラブツーリズム株式会社入社。富裕層向けの海外旅行の部署に配属。ヨーロッパを中心にツアー企画や販売などのオフィスワークに加え、月1回の海外添乗と忙しい20代を過ごす。30歳で長男出産後、保険会社オペレーターとしてパート主婦生活5年。36歳で次男出産後はパート勤務で持て余す力を3社のプロボノを掛け持ちしパワー分散。この1月からフリーランスの企画。