働き方、学び方、子育て——人生のすべてが劇的に変化する現代社会に、“正解”は存在しません。しかし、そんな時代だからこそ、将来に希望が見出せず、路頭に迷う若者が増えています。「やりたいことが分からない」「何から始めたらいいのか分からない」といった声を耳にする機会も多くなりました。
とはいえ、どんな時代においても、本当に大事なこと——つまり、「本質」は揺るがない。でも、その「本質」の正体を、私たちは知りません。
本連載では、いつの時代も変わらない、私たちが生きていく上で本当に大事なことを、賢人たちへのインタビューを通じて探っていきます。
今回編集部が注目したのは、裏社会の利権が渦巻く裏麻雀の世界で、“20年間無敗”という驚異の実績を持つ雀士・桜井章一さんです。
桜井さんは「人に教わったものなんて、大概中身がない」と語ります。“雀鬼”として名を馳せた伝説の勝負師に、不確実な人生を自分らしく生きるコツを聞きました。
—— 桜井さんはなぜ、裏麻雀の世界で“20年間無敗”という成績を残すことができたのでしょうか?
桜井章一(以下、桜井):自分が持っている本能や感覚を研ぎ澄ましてきたからだろうな。今はインターネットの時代で、誰でもスマートフォンとパソコンを持っているけど、俺は一度も使ったことがないんだよ。
なんでかって、新しいものを使うと、自分が持っている感覚が薄れていく気がするから。俺にとっては、新しいことを知るより、自分にしかない感覚の方が大事なんだよ。
桜井章一
東京都生まれ。昭和30年代から麻雀の裏プロの世界で勝負師としての才能を発揮。“代打ち”として20年間無敗の伝説を築き、"雀鬼"と呼ばれる。現役引退後は、麻雀を通した人間形成を目的とする「雀鬼会」を主宰。
—— 「自分にしかない感覚」を研ぎ澄ますには、どのような経験が必要なのでしょうか。
桜井:とにかく、現場。最初は怖いかもしれないけど、本能に従って、まず現場に飛び込む。そのくらいのリスクがないと、勝負勘は育たないよ。
最初から「教わろう」なんて思ってたら、人は成長しない。成長する人は皆、現場を見てる。現場に行くと何かしらの出来事があるじゃん。何か不都合が起きたときに、その光景を見て「彼はこう対処している」って自分の目で見るんだよ。そして、自分から変わっていく。そうやって感覚が育っていくと思うな。
—— 自分の目で見て考えたことでないと、意味がないと。
桜井:そうそう。人に教わったものなんて、大概中身がないんだよな。それは知識であって、知恵ではない。
たとえば俺なんかは、夏になるといつも海に入る。浅瀬じゃなくて、荒波の海に。波が来るわけだから、怪我をするかもしれないし、ひょっとすると死ぬかもしれない。厳しい環境だよな。
でも、自然の厳しさの中に入ってみないと、自然の厳しさは分からないんだよ。でもその厳しさを肌で感じた経験がなければ、いざというときに、自分を助けることはおろか、人を守れないだろ。そうやって、常に現場で学ぶんだ。
—— 桜井さんが「自分にしかない感覚」で生きてきたことを証明するエピソードをいくつかお伺いしています。大学を卒業した後に働いた会社では、給料を1円ももらったことがないとか…?
桜井:もともとは学校の推薦で就職する予定だったんだけど、それが「会社に飼われる」ことに感じて、嫌になったんだよ。そこらの鶏と一緒だと思えてきちゃって。卵を産む代わりにお金をもらってる気がしたの。
桜井:良い悪いの話じゃなくて、価値観の違いだけど、俺はそれがたまらなく嫌だった。だからその会社で働くのを辞めて、男として尊敬できる人のそばにいようと思ったんだよ。でもお金をもらったら、結局同じことだろ? だから「お金はいりません」と伝えて、働いてた。
今振り返ってみれば、「そんじょそこらの奴と一緒にされたくねえ」って思ってたんだろうな。いわゆる社会システムから外れて、自分にしかできない生き方をしたかったんだよ。
—— そして、裏麻雀の世界で、生計を立てていたと。
桜井:そうそう。そもそも麻雀の世界に足を踏み入れたのは、大学生のとき。やることが卒論しかないからとにかく暇で、友だちについていったのが最初。初めて見たときに、「なんでこんなにも簡単なことに、そんなに悩むんだ?」と思ったの。理由は分からないけど、とにかく牌の通り道が手に取るように分かった。
—— とはいえ、プロを相手に無敗でい続けることは、簡単なことではないと思います。なぜ、勝ち続けられたのでしょうか?
桜井:目に見えないものはもちろん見えないけど、匂いが分かるんだよ。鋭い嗅覚を持って、匂いを感じ取れば、ぼんやりと何かが見えてくる。匂いは壁を飛び越えるし、隙間を縫ってやってくる。俺はその感覚が強かったんだろうな。
—— これまで生きてこられた中で、一番の修羅場は、どんなときでしたか?
桜井:いろいろありすぎて…。俺だって人間だから、もちろん怖いと感じることもある。でも、その感情すら楽しいと感じることができたんだよ。
生きているうちにめぐり合うことのほとんどは、不確実。つまり、不確実性と対峙するときに感じる恐怖や不安は、避けては通れないわけ。だったら、もうその環境を楽しんだ方がいいと思うんだよな。
—— 世の中には「苦しかったら逃げた方がいい」という風潮もあります。
桜井:これは俺の価値観だけど、逃げたら負けって思ってたんだよ。たとえば俺1人を倒そうと5人が襲ってきても、「卑怯な野郎たちだ」と思って、逆に心を奮い立たせてた。
なんでそういうことができていたのかといえば、やっぱり現場で学んできたからだよな。言葉で教わる前に、自分の体で、心で、経験してた。だから、ちょっとやそっとのことでは動じないんだよ。
—— とにかく現場に立ち、経験し、自分にしかない感覚で生きてこられたわけですね。でも多くの場合、若いうちは、自分の考えだけで物事を見極めるのが難しいと思います。そうした悩みを抱える若い世代に、何かメッセージをいただけますか?
桜井:大人が言うことは、半分くらい聞いてやれば十分だよ。たとえば君の親だって、常に正しい道を歩んできたとは限らないでしょ?いちいち誰かの指示がないと動けないようじゃ、しょうがないって。大事なのは、自分という人間を、自分で動かすこと。
桜井:あと、とにかく楽しむことが大事。人間は誰しも、楽しいことから始めるんだよ。赤ちゃんが最初にやることって悪戯だろ。紙を破いたり、ガラスを割ったり。それで怒られて、いろんなことを覚えていく。でも、怒られたってどうってことない。
大人になっても、その楽しむ心を忘れないこと。俺なんてもうジジイだけど、いまだに悪戯ばっかりしてるよ。