各界のトップランナーを招き、学生と講師がインタラクティブに意見を交わし合う実践的な授業で人気を集める法政大学キャリアデザイン学部・田中研之輔教授。大学内の学びにとどまることなく、就活や卒業後のキャリアを実践的に結ぶ教育メソッドにより、法政大学ベストティーチャー賞を受賞されています。
本記事は、田中教授が「大学の講義では教えてくれない学生にとって有益な情報」を寄稿する連載シリーズの第四弾です。今回は、IDOM Inc.で新卒ビジネス人材採用責任者を務める越智敬之さんと「就活と採用の未来」についての特集をお届けします。
前半は採用の視点から、後半は就活の視点からみていきます。
越智さんが新卒ビジネス人材採用責任者を務めるようになったのは2017年のことです。それまでは、人事でも採用ではなく新規事業企画を手がけていました。
そこでまず、越智さんが新卒採用に関わるようになるまでのキャリアヒストリー(=軌跡)を振り返っておきます。
越智さんは、早稲田大学在学中にWEB制作会社を起業し、2002年にまだ100人規模だったCyberAgent社に入社します。当時、黎明期だったデジタルマーケティング業界で、数百社のクライアントのデジタルマーケティング戦略・デジタルシフトをサポートする事業に携わり、市場の拡大と会社の成長に大きく貢献。
2009年には、博報堂にて大手消費財企業のデジタルコミュニケーション戦略を担当し、2011年、Amebaのマーケティング戦略に従事されます。その後も、もの凄いスピードでキャリアを形成されます。
2012年には、CMやデジタルコミュニケーション開発の業界最大手AOI Pro.に入社し、経営企画室にて全社グループのデジタル事業戦略を立案した後、子会社のビジネスアーキテクツの執行役員を歴任。ターンアラウンドマネージャーとして営業戦略・人事評価制度・採用設計・広報・外部パートナー開発・ベトナムでのオフショア会社の立ち上げなど、経営全般でリーダーシップを発揮されます。
これらのビジネス経験を経て、IDOM Inc.にヘッドハントされると、社長室・経営企画・新規事業開発プロデューサーに携わり、2017年より新卒ビジネス人材採用責任者に就任しています。
「マーケティングと経営戦略の凄腕リーダーが、新卒採用領域にやってきた」稀有な存在。それが越智さんです。
そんな越智さんが考える新卒採用や就活の心得には多くのヒントが隠されています。
新卒採用責任者になった越智さんは、まず、採用の問題点を分析していきます。そこで浮かび上がってきたのが、新卒を一括に採用するという制度的な問題よりも、「誰に何をどのように届けるのか」という<視点>が欠落している点です。会社としてあるべき向き合い方をデザインできていなかった点も問題視しました。
そこで越智さんは、「就活生にとって最適なコミュニケーションデザインとは何か」を検討していきます。広告マーケティング分野では必須の「どんな誰に何をどのように届けるのか」という視点を、「就活生に企業の魅了をどう伝えていくか」という問いに置き換え、新卒採用をデザインしていったのです。
さらに、新卒採用をデザインしていく上で大前提として、「経営視点で考えること」を大切にしたそうです。なぜなら、採用とは、中期の経営戦略だからです。だからこそ、新卒採用で重視すべきは「採用数ではなく、採用して入社後に活躍してくれるかどうか」だと越智さんは明言します。
越智さんは、採用ページもない中で、新卒採用を始めていきます。説明会で使う資料作りも、越智さん自ら、「就活者目線」を意識して作り込んでいきます。その際に、他社の新卒採用を調べたり、人事の方へのヒアリングも重ねます。
そこで出てきた1つの答えが、インターンプログラムの新規開発でした。
越智さんは、個人的に自然の中で対峙する学びの可能性を経験的に知っていたので、就労型ではなく合宿型インターンの開発に力を注いでいきます。合宿型インターンは、短期集中で実施できるので、常日頃、仕事を抱えている社員も、協力しやすいというメリットもありました。
そこでできたのが、「IGNITION」です。
「自然環境の中で、経験優位差がない中で、感性があるはずなのに、頭によって“やりたい”を抑制してしまう学生が、自ら殻を破る場」となるようにIGNITIONをデザインしていきます。自分の中にある潜在的なエネルギー、“やりたいという志”に気づく、自然の中での合宿型プログラムの誕生です。
合宿型プログラムを実施する上で、「本人たちがいかに主体的に参加する状態を促せるかどうか」を考え抜き、選考を進めていったそうです。能動性が低いメンバーが参加すると集団のパフォーマンスが、明らかに下がるからです。
選考では、400人近くのエントリーから48人を絞り込みます。一チーム8人×3チーム。合計24人を二期に分けて、それぞれ3泊4日で実施していきます。
そのように設計した理由は、「8人でチームを組むとコンフリクトが起きやすく、他責にもできる。リーダーシップも必要になる。チームビルディング理論やタックマン理論を念頭において、プログラムを開発した」と越智さんは述べます。
越智さんが考えたのは、「自分がやってもらったら一番、幸せだと思えるプログラムの開発」です。しかし、机上で構想したプログラムは、自然の中でのプログラムで様々な問題を生みます。そこで「まず、やってみて、うまくいかないところを修正する。プログラムを実施中にもPDCAを回していく。」ことがコツだそうです。
プログラム実施者として、メンターを務めた社員には、次の2点を共有しました。
* 啐啄同時:師匠と弟子の絶妙なタイミングでの気づきを与えていく。社会人と学生の非対称な関係の中で、「教え込みすぎてはダメ」。最低限の導きはしても本人が自ら気づくことを邪魔しない。(答えや正解を伝えない)
* 人として好かれたいという承認欲求を捨てる。ひとりひとりの可能性を徹底的に信じて、ひたすら温かく見守ることに徹する。
越智さんは、IGNITIONを社員向けにも実施しました。会社の研修ではなく、自主的なプログラムとして参加者を24名選抜し、合宿中は、「ノンヒエラルヒー」。敬語禁止。年齢に関係なく、下の名前で呼び合うといったグランドルールを作り、自然の中で切磋琢磨することで、以前にはなかった「横のつながり」と結束が生まれたとのことです。
合宿型インターンシップIGNITIONに参加してみられる行動変容は次の5点です。
1) 自分のモノサシ(時間軸、将来の自分との対話)を大切にするようになる。
2) 自信を身につける。自分に嘘をつかなくなる。自分らしくない選択をしない。
3) 仲間との対話、信頼関係の大切さに気づく。
4) 集団の中で自分の役割を見出せるようになる。
5) 自ら主体性の大切さに気づき、何事も自責的に考えられるようになる。
* 人は人によって磨かれます。できるだけ、居心地の悪い自分が丸腰で通用しないコミュニティに足を運んでください。そこでのコミュニケーションは摩擦係数が高く、痛く感じることもあると思います。それがすなわち切磋琢磨ということ。だから臆せず未知の環境にダイブし続けましょう。
* 世の中のトレンドをマイナスで評価する評論家でおわらないようにしてください。希望を大きく持ちましょう。前世代が残した課題は、顕在化しています。行動に移しましょう。
* 社会を読み解く視座を磨きましょう。そのために、本を多読してください。目安は週に1冊です。また、読了した本は本棚にストックしておき、ふと迷いが出たときに、また手にとってみてください。きっと迷いを払拭してくれるようなインスピレーションが、自分を後押ししてくれると思います。