田中教授は、社会に開かれた大学教育を掲げ、第一線で活躍しているゲストをお呼びし、学生向けの講演会を開いています。今回co-mediaでは、新企画として、ユニークな授業を行う田中教授の講義レポートを連載することになりました。学生だけでなく、社会人も参加しにくる価値のある講義を擬似体験できるお得な企画です。
第一回目のテーマは、“プレゼンテーション”。お呼びしたのは、出版部数10万部を突破し、Amazonでもベストセラーとして扱われているプレゼンの極意本『1分で話せ』の著者である伊藤羊一さんです。
伊藤さんは、かつてソフトバンクの代表取締役、あの孫正義社長の前でプレゼンテーションを行い賞賛を受けた、正真正銘“プレゼンのプロ”。現在はヤフーに拠点を置き、さまざまな活動に従事されています。そんな伊藤さんが、今回『1分で話せ』の内容を20分の講義にまとめてお話してくださいました。
大学生から社会人への移行にフォーカスをあて、さまざまな業界で活躍しているトップランナーを招いた授業「キャリア体験」を開講する法政大学の田中研之輔教授。
以前『co-media』では、企業がほしがる人材を掘り下げた田中教授のインタビュー「内定をもらえない学生は、4年間で変化できなかった学生」を掲載しました。
記事中で田中教授は、「社会では、自分の頭で理解していても口に出さなければ意味がない」とおっしゃいました。考えを相手に伝える「プレゼン能力」は、社会において重要な価値を持っています。
社会に出る前にプレゼン力を身につけたいところですが、とはいえ、学生のみなさんがプレゼンをする機会はそう多くはないように思えます。ところが、伊藤さんは「プレゼンテーションをする機会は至る場所にある」と語ります。
学校の授業での発表は勿論、サークル活動、友達と立てる遊びの計画。日常生活の中にあふれている何かを「人に伝える」場面。そんな広義でのプレゼンテーションで、人の心を動かすにはどうしたらいいのでしょうか?
大ヒット中の書籍『1分で話せ』を上梓し、いま最も注目を集めるプレゼンのプロ・伊藤羊一氏をお招きした授業を、ダイジェスト形式でお届けします。
講義のはじめ、伊藤氏は、プレゼンをする上での最終目標が「相手を動かすこと」にあることを強調します。
伊藤氏 「プレゼンは、自分が目指しているゴールの方向に相手が動くことを目標としています。つまり、ゴールが定まっていなければプレゼンをする意味がないのです。何のためにそのプレゼンをするのか、プレゼンをした先に何があるのかを考えることから全ては始まります」
では一体、ゴールに相手を導くために“相手を動かす”にはどうしたらいいのでしょうか。当然のことながら、相手を動かすには、まずは相手に話を聞いてもらわなくてはいけません。
伊藤氏 「たまに、聞き手に対して『ちゃんと言ったよね?聞いてなかったの?』と責める人がいますが、これは“間違い中の間違い”です。言ったからといって、聞いてもらえたとは限りません。コミュニケーションが成立していたか否かは、聞き手が決めること。相手に“聞いてもらう”には、話し手が聞き手のことを考えて喋る必要があるんです」
何やら難しい話になってきました…が、伊藤氏曰く、「みなさんも、無意識のうちに、普段から相手に話を聞いてもらうための工夫を実行している」とのこと。たとえば、小さい子に話しかけるとき、小さい子でも分かる簡単な言葉遣いや話し方をしますよね。
そのように、大前提として“聞き手を意識し、聞き手に合わせた話し方をする”ことを、再確認したところで、いよいよ『 1分で話せ 』にも掲載されている、「プレゼンテーションの極意」が語られます。
伊藤氏は、プレゼンテーションの極意は、5文字のキーワード「AIDMA(アイドマ)」にあると語ります。これは、消費者が初めに商品を見た時の「Attention」、興味関心を持つ「Interest」、買いたいと思う「desire」、その商品を記憶する「memory」、行動する「Action」という売買の一連の過程にのっとったキーワードです。
伊藤氏「Attention=注目を引く、ということですが、注目を引くだけなら簡単なんです。たとえば僕がここで『わー!』と大声で叫んだり、iPhoneを投げれば、みなさんは僕に注目します。
この方法だと確かに一瞬は注目してくれますが、ただ、注目を引き続けることはできません。だって、大声を出し続けるわけにもiPhoneを投げ続けるわけにもいかない。
大切なのは、聞き手を迷子にさせないことです。闇雲に難しい言葉を使い、難しい話をしても、聞き手はついていてくれません。1度迷子になった聞き手は、なかなか戻ってきてくれないのです。言い換えれば、絶対に相手が理解出来る言葉で喋る必要があるということ。そのために意識すべきことが、“スッキリ、簡単に”です。
『文章は短く、文字数は少なく、余計な事は言わずに、言い切る』ーーこの、“言い切る”行為は、書き言葉ではできるのに、話し言葉になるとできなくなってしまう人がたくさんいます。話しながら自信を失くしてしまう人が多いですが、覚悟を持って言い切ってください。
そしてもう1つ、“簡単に”ということですが、どのくらい簡単かというと、中学生でも理解出来る言葉にしてください。『何もそんなに遡らなくても』と思うかもしれませんが、この目安はテレビのニュース番組でも用いられています」
伊藤氏「Attentionと同じように、一瞬だけ関心を引くのは簡単です。継続的に聞き手の関心を引くためには、ロジカルに考えたストーリーが必要になってきます。そのための思考が、ロジカルシンキングです。
ロジカルシンキングの“シンキング”、つまり“考える”という行為は、「知識や情報を加工し、結論を出すこと」と定義されています。つまり、必ず結論がなければいけません。
結論があるときは必ず根拠や理由もあるはず。その結論と、根拠の意味がつながっていればいいんです。眠い“から”、コーヒーを飲む。ほら、意味が通じたでしょう。これが、ロジカルであるということです。
とてもシンプルですが、実際にやってみようとするとなかなか難しい。社会人でも、ロジカルに話すことができる人はそう多くないのです。
だからこそ、学生のうちからロジカルシンキングの訓練をしておくと、頭1つ飛び抜けることができます。コツは、用意してきた根拠で相手が納得しない場合もあるので、いくつか根拠を用意することです」
伊藤氏 「勘違いしている人が多いのですが、人間は、正しいことだけ言っても動きません。みなさん、自分に置き換えて考えてみてください。正しいことを理路整然と言われても、なんだか腑に落ちない場合もあるでしょう。だから、感情に訴える必要があるんです。
感情に訴えるためには、いくつかテクニックがあります。1つは、『イメージを持たせる』こと。想像力を掻き立てる超リアルな説明や、写真や動画を活用しましょう。
もう1つ、とても大切なのが「たとえば」という言葉を使うこと。「たとえば」から始まる具体例を挙げることによって、聞き手はより説明されている事象のイメージがしやすくなります」
伊藤氏 「さまざまな過程を経て、最終的には聞き手にプレゼンの内容を印象付けなくてはいけません。そこで大切になってくるのが、『キーワード』です。今回の講義では、『AIDMA』がそれにあたります。覚えやすい言葉で、そのプレゼンを一言で表すんです」
伊藤氏「最後になりますが、なんといっても大切なのは、『自信と情熱』です。人間は、翌日になったら、前日にあった出来事の75%を忘れてしまいます。それでも相手に覚えてもらうには、情熱と自信で相手を圧倒することが必要です。
『情熱的』な状態は、自分が好きなことを喋るときを想像してもらうと分かりやすいでしょう。世界一好きなことについてなら、世界一情熱的に語れますよね。言い換えれば、自分が好きじゃないことについて語っても情熱的にはなれない。
すなわち、相手に強烈に印象づけることはできないのです。『自分はこれが好きだ』と、無理矢理にでも催眠をかけることが情熱的なプレゼンへの第一歩になります。
僕は5分のプレゼンに対し、自分のプレゼンを録音し、意味が通じるか確認する作業を300回ほど行っていました。やってみれば分かると思いますが、最初は皆さんが想像している以上に、自分がめちゃくちゃなこと言ってると感じるはずです。ところが、300回も練習すると、流石に口が勝手に動くようになります」
そうした取り組みの結果、伊藤さんはソフトバンクの孫社長の前でキーワードを上手に活用したプレゼンをし、その日の発表者数十人に埋もれることなく、名指しで褒めてもらえたそうです。
とはいえ、それでもなかなか相手に伝わらない場合もあるでしょう。
その場合に関して伊藤さんは、「プレゼンで相手を動かすというのは、綺麗事ではなく、ある種の戦いです。常に相手の目を見て真剣に、ボールを届ける気持ちで伝えましょう。それでも相手の関心が逸れていると感じたら、近づいてみたり大きな声を出してみたりと、物理的手段を使ってみるのも1つの手です」と述べています。
また、相手にうまく伝えられない原因が準備不足にある場合もしばしば。そういうときは、素直に自分の準備不足を認め、相手に一言詫びをいれると良いそうです。
「AIDMA」のMemoryで述べたように、最終的に相手を圧倒するのは、情熱と自信。相手に伝えたいという情熱さえ持っていれば、もし技術が欠落していても、「○○を伝えたいんですが、私のプレゼンには××が足りていませんでした。すみません」と一言加えれば、聞き手と良好な関係を築けるそうです。