僕は物事を全て“年齢フリー”で考えるタイプです。人間は動物ですので、朝起きて元気だったら仕事をすればいいし、しんどかったらやめればいい。ただ、それだけのことです。
僕はまもなく70歳ですが、今日も朝起きて元気だったので、このまま仕事を続ければいいと。年齢に関しては、それくらいのことしか考えていませんね。
しかし社会的な常識でいえば、「若いときに働いて、年を取れば引退して第二の人生を歩む」というイメージがあると思います。ただし、それは戦後の高度成長期の産物です。
出口治明:立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年に代表取締役会長に就任。2017年6月から創業者として、ライフネット生命の広報活動・若手育成に従事。2018年1月に立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。
若者が高齢者を支える“young supporting old”の図式は、現在の日本には当てはまりません。そもそも動物に、若者が年寄りを支える種など存在しないのです。ヨーロッパではこの古い考え方が消え去り、今は“all supporting all”の時代になっています。日本も当然、“all supporting all”へと考え方を改めていくべきです。そうすれば、若者が常に高齢者を肩車する必要はなくなります。
世界は常に変化しています。日本社会も、日々刻々と変わりつつあります。では、そうした変わりゆく社会で求められる力とは何なのでしょうか?
もっとも大事なのは、「考える力」です。考える力とは、「適応力」とも言い換えられます。ダーウィンの進化論では「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だけだ」という考え方があります。
まさにこの通りで、何かが起こったときに初めて新聞や本を読んでいるようでは、もう遅いのです。そんなことをしているうちに、逃げ遅れて死んでしまうでしょう。
考える力は、ゼロからは生まれません。最初は、先人の「考える型」を真似ることから始まります。
たとえば、レシピを見ながら料理を作り、少し塩辛いなら醤油を減らしたりします。考えながら、味を調整しますよね。つまり、考える力の最初の「レシピ」は他人の考え方や発想法を真似ることで獲得するのです。
僕は旅と本が大好きで、今でも他人や他の国の文化の考え方の「型」を真似し続けています。本で未知の考え方を知り、旅でこれまで会ったことのない人の発想法を知るのです。
僕は旅が好きといっても、70年かけて約80ヶ国にしか行けていません。しかし、APUには世界90の国と地域から集まった学生がいます。APUに行くだけで、90通りの思考パターン、文化や伝統が学べるのです。学生のみならず僕にとっても最高の環境であり、学長を務めながら日々学び続けることができるのです。
僕が大好きな言葉に、ガンジーの“Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever”というのがあります。直訳すると、「明日死ぬかも分からないから、今を一所懸命生きなければならない。永遠に生きるかもしれないから、ずっと勉強し続けなければならない」とでもなるのでしょうか。
政府も「人生100年時代」と言っているくらいですから、僕も何歳になろうと、勉強することをやめないでいたいと思っています。
今できることの延長線上に未来を考えるのも大事なことです。ただ、それだけでは大きなことを為すことはできません。
少し距離があるように感じることでも、やりたいことがあるのなら先にゴールを決めてしまいましょう。すると、「どうやったらやりたいことが達成できるか」を考えるようになります。明らかに、後者の考え方の方が有効だと思います。
この話は、日本の「働き方改革」に照らし合わせると分かりやすい。長時間労働を減らすためにさまざまな方法が議論されていますが、一体どのような方法がベストプラクティスなのでしょうか。
今ある仕事を全て書き出し、「この仕事は無駄かどうか」と議論することがおそらくワーストな方法です。誰も自分の仕事は大事だと思っているので、働き方が変わるどころか、議論すら進みません。
ベストプラクティスは、一定の時間になると電気が消え、仕事が出来なくなる環境を作り出すことです。すると、その時間までに仕事を終わらせる方法をみんなが考え、実行するようになります。
先にゴールを決めてしまえば、今できないこともできるようになります。学生の皆さんには、ぜひそうした視点を持っていただきたいと思います。
また、日本の学生はあまり読書をしません。しかし海外の学生は本当によく本を読みます。
人間はそれほど賢い生き物ではないので、ケーススタディをたくさん行なっていなければ、有事に対応することもできません。
以前ツイッターで、「アメリカの大学生は4年間で400冊本を読む、日本の大学生は100冊も読まない。同じ会社で同じ職場についたら、どちらに面白い仕事が割り振られるか決まっているよね」という投稿を見かけました。まさに、その通りです。
本を読むということは、世界の堅人が書き残してくれた体験や思考を、文章で追体験することに他なりません。真似た人の方が、学んだ人の方が、絶対に社会で役に立つのです。
いい本には、共通点があります。まず、「相互に検証可能なデータを使う」ことが第一条件です。第二条件は「どういうデータを使っていて、どういう文献を使っているかをオープンにする」こと。相互に検証可能な数字とファクトを使ってロジックをレゴブロックのようにていねいに積み重ねいく本が、いい本の条件です。
具体例を挙げれば、デービッド・アトキンソンの『新・観光立国論』や『新・所得倍増論』などがいい本のひとつの典型です。「おもてなしとは、くだらないものだ」といったことが書かれているのですが、公表されたデータのみを用いてロジックを積み重ねているので説得力があります。
また、戦後の高度成長が、主として人口増加によってもたらされたものであることをも数字で論証しています。決して日本の経営が優れていたわけではないことを的確に言い当てているのです。
思い込みやイデオロギーではなく、客観的な数字とファクトに基づいて書かれている本を読むようにしてください。お酒の席で面白い話ができるかどうかは別です。「トンデモ本」の方が「面白い」かもしれませんが、それは一時の話であって、いずれは消えて無くなるような代物です。呉座勇一の『陰謀の日本中世史』も良書です。「トンデモ本」の特徴がとてもよく分かります。
また、数字・ファクト・ロジックの使い方を知ることは、考える力を身につける上でも役に立ちます。「なるほど、このように考えるのか」ということをたくさん知って、真似すれば、いずれ自分の頭で考えられるようになるでしょう。
僕が過去に読んだ本の中で、学生の皆さんに一冊オススメの本を紹介するなら『答えのない世界を生きる』を挙げたいと思います。
前半では「物事を考えるということはどういうことか?」を徹底的に追求し、後半は著者の自叙伝になっています。ですから、「なるほど、こういうバックグラウンドを持つ人が、こういうことを考えるんだな」ということがすごくよく分かります。
大学生のうちになすべきことは、「人、本、旅」に尽きます。たくさんの人に会い、たくさん本を読み、たくさん旅に出てください。自分の知識を増やし、さまざまな考え方や発想のパターンに触れてください。
大学生というポジションは、とても恵まれています。大学には有名な先生がたくさんいるので勝手に押しかければいいし、図書館も充実しているので本も読める。そして、社会人より休みも長く、旅もしやすい。学生時代にこの三つを行わない理由はどこにもないのです。
学生の皆さんには、永遠に生きると思って、毎日を一所懸命生き、「人、本、旅」を意識して一所懸命勉強してほしいと思います。勉強したら人生の選択肢がいくらでも増えていきます。
そういえば少し前に、とある学生が「藤井四段(現在は六段)を見て将棋に興味を持ちました。大学生の僕が勉強を始めるのは遅いでしょうか?」と相談に来ました。周りの友達に「将棋なんて勉強しても役に立たないよ」と言われて、躊躇ってしまったそうです。
僕は「興味があるならすぐに勉強を始めなさい。必ず役に立ちますよ」と伝えました。合コンで感じのいい人が「趣味は将棋です」と言うかもしれませんし、営業先の会社の社長が将棋好きだったら、もうその時点で楽勝じゃありませんか。
長い人生、この先にどんなことが起こるかなど誰にも分からないのです。逆に言えば、そもそも何が役に立つかも分からないのです。ですから、興味があることは躊躇わずに徹底的に勉強してしまうのが一番です。
打算的に勉強したものが役に立ったという話は、一度も聞いたことがありません。好きこそ物の上手なれと言うくらいですから、嫌いなものを勉強しても身につくはずがありません。
学生の皆さんは、好きなことに徹底的に打ち込んでください。もし今興味があることがないのなら、一所懸命に大学の授業に出て、全部「優」の成績を取ればいいだけの話です。