ダサくたって見栄張って背伸びして前に進むべき。“ハリボテの自信”こそ成長に必要だと思うワケ

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留学先から帰ってきて、24歳の誕生日を迎えた今日この頃、とある私塾のOBOGと久しぶりに集まった飲み会で、言われた言葉があります。

「なんか、大人になったね」


いや、確かにイギリスの乾燥した気候のせいで小じわ増えたのは自覚あるけど、でも3人以上に言われることか...?よくよく真意を問いただしてみると、「前よりも自分と違う意見を受け入れられるようになった」とのことだった。

「ふーん。」


と、だけ答えてその場は流れたのだが、その後も無意識のうちにそのことについて考えていたらしい。ある時点で、ストンと腑に落ちた瞬間があった。つまり、言われていることには、確かに身に覚えがあった。

言うなれば、20歳前後の時の私は、今よりもっとずっとギラギラしていたと思う。前述の私塾のような議論の場においては特に、優秀さで回りの学生に負けてはならないと一歩も引かないかのような気迫を常に全身に纏っていたし、確固たる自分の信念と意見があって、いつもそれらに並々ならない自信があった。

見栄と自信は成長に必要か?


いや、自信があろうとなかろうとそう振る舞っていた。今思えば、「あぁー若かったなぁ….」という、気恥ずかしさに似たものさえある。実際、虚栄心なしでありのままに振る舞える人は、魅力的でカッコイイ。

しかしあの時、まさに自分を成長させたのは見栄そのもので、背伸びした分だけ、そこに現実の自分も近づけようと絶えず努力した日々が、大きな成長に繋がった気もする。そして見栄を張らずに謙虚でいようとすることは、スマートである一方、期待されるハードルを低くするような、逃げ場を作るようなそんな部分もある気がしてならない。今日は自信と見栄と、成長の関係について考えてみたい。

元々は自信なんて全くなかったのに。


生来自分は自信のない性分で、これはたぶん何をやっても絶対姉に敵わなかった、子ども時代の記憶のせいである。


大人になってみれば、絵やピアノが上手いのもドッヂボールが上手いのもさして重要なことではない。でも子どもの世界では、絵が描けてピアノが弾けてドッヂボールが上手ければ、それはもう間違いなくヒーローだった。


そして私は器用な姉と引き換え、絵もピアノも恐ろしく下手だった。子どもの時の記憶というのは、その後の人格形成に大きな影響を及ぼすらしい。とにかく私は、「人一倍頑張らないと何も人並みにできない人間だ」と思って育ったし、今でも本気でそう思っている。


私に見栄を張る癖がついたのは、大学2年生になる春、学生団体を立ち上げたことがきっかけだった。同級生と3人で立ち上げて翌月の新歓で、5人の後輩ができた。かくして私たちは、“先輩”になってしまった。今まで一度だって、私たちには先輩なんていたことがなかったのに。


見栄と自信は成長に必要か?


人はよく、「自分らしさ」・「素の自分」などと、まるで外向きの顔を剥いていったその中に、不変の性格をした「内なる自分」が存在するかのような言い方をするけれど、たぶんそんなものは元々存在せず、人は常に他者との関係性において自分を規定し再構築するものだと思う。


そしてたまたまその団体には、強いリーダーシップを持ってみんなの先頭に立つようなタイプがいなかった。だからその時の私も、無意識のうちに空気を読んで、右も左も分からないくせに全て分かっているような振りして、「私についてくれば大丈夫!」と“強いリーダー”を演じようとした。


あの時の私は見栄を張りたくて張っていたわけではなく、熟慮の結果戦略的にそうしていたわけでもなく、自信がある振りしていないと誰も自分たちについてこないと、出港したばかりの船は沈んでしまうと、直感的に知っていたのである。

ハリボテの自信と見栄が頭を打つとき


果たして後輩たちはついてきてくれた。団体は、自分と代表の二人を中心にそれなりに上手く回っていたと思う。しかし、プロジェクトが一度挫折しかけたタイミングで、同期のうちの一人は辞めていった。


原因は、ピンチのときこそ“強いリーダー”であり続けようとしたせいでその子の気持ちを上手く汲み取ってあげられなかった、不器用な私のせいだった。


「あなたの言っていることは、いつも正しそうに聞こえるだけ。」


その子が辞める際に残した言葉は、今でも鮮明に覚えている。その子には見栄の向こうが見透かされていたのかもしれない。


多分、見栄を張っているとき、本物の人間関係は築きにくい。見栄っ張りな人間と同じ空気を吸うことは、息が詰まる。肩肘張って生きている人に対して、安心して心を開くのは難しい。


反対に、虚栄心がまるでないような、等身大で生きているような人は魅力的だ。知らないことは「知らない」といい、自分の弱さをさらりと見せて、人のいいところは「すごい」と心から褒め称えられる。そんな人はこちらも肩肘張らずに接することができるし、魅力的で親しみやすい。


あの時の私は、たまたま少し疲れてしまっていて、ある日同期のうちの一人に自分の悩みをさらけ出した。ハリボテの“強いリーダー”がはがれた向こうに、想像以上に脆い私を見出したその同期は、私のよき理解者となってくれた。彼女は以後、先頭に立って団体を引っ張る私を常にサポートし、私がこぼしていったものを、全部後ろから拾い上げてくれた。


その友人は、団体がなくなってしまった今でも、最も信頼していて何でも話せる親友のうちの一人である。人間は弱いからこそ誰かと共に生きていくし、本物の人間関係はきっと見栄の外側には成り立たちにくい。


私は“大人”になってしまっていいのか


あれから学部で留学して、自信という自信を粉々に打ち砕かれて、そこからまたイチから創り上げた自信は帰国後ニョキニョキと成長し続け、程よいタイミングで二回目となった大学院留学によって、もう一度木っ端微塵に打ち砕かれた。


見栄と自信は成長に必要か?


今の私は、だいぶ見栄を張ることから解脱したと思う。不安なことは「不安だ」と周囲にあっけからんと打ち明けるし、相手を問わず助言を求めることもする。自分を大きく見せるためだけの、不用意な発言はできるだけしない。


誰かと対話している自分を、もう一人の自分がメタ的に監視していて、いつだってダサい虚栄心の影に目を光らせている。


先日、冒頭の私塾とはまた別の私塾で出会った友人たちに、就活の不安を打ち明けていた時の事。そのうちの一人に


「もっと自信持ちましょうよ!」


と言われて、文字通りハッとした。それは、宇宙一の見栄っ張りで自信家をやってきた私が、今までほとんど誰にも言われたことのない言葉だった。


見栄を張らずに等身大でいることは、今では子どもの時の本来の場所に戻ってきたようで、居心地が良いとすら感じる。


一方で、見栄を張らずに弱いところを全部さらけ出しながら生きていると、自分が自分に課すハードルはどんどん下がっていく気がしてならない。


意図せずとも、周りに対して謙虚に振る舞うことは、自分の成敗に保険をかけることにも繋がる。


それに対して、あの時の見栄っ張りな自分は、自信たっぷりでいる分、失敗は許されなかった。


見栄を張って背伸びして自分を大きく見せる分、現実の自分もそれに追いつこうと無我夢中だった。


だから、自信があるように振る舞うことは、自分の退路を閉ざすことでもあった。


そして何より、背伸びばっかりしてたあの時、最初はただの見栄だったモノが、そのために必死に努力したおかげで、少しくらいはホンモノになってハリボテじゃない実のある自信へと変わっていった。


今の自分に、子ども時代に比べてほんの少しでも自信があるとすれば、それはハタチの頃に必死で見栄張って背伸びして生きてた、ダサくて青い自分のおかげである。


自分を大きく見せない人は確かに魅力的で、自分を大きく見せる人は確かに青くてかったるくてダサいけど、でも、そのダサさは成長し続けるためには必要なのかもしれない。私は、「大人になった」と言われて内心喜んでいたわけだけれど、等身大の自分に自信やそれを裏打ちする実績があるわけでもない今、本当に“大人”になんかなっていいのだろうか。まだまだ、大人になっている場合じゃない気がする。


だって見栄張らない人がカッコいいのは、見栄張らなくても十分な実績と自信があるからなのだ。そんなご身分じゃない自分は、まだまだ見栄張ってギラギラして背伸びして、一分一秒、ちょっとでも前に進むべきなんじゃないかとも思うのだ。


ある人にこんな話をしていたところ、「自信って揺り戻しじゃないかなぁ。」と言っていた。確かにそうだと思った。


好景気が続けばある一点で頭打ちして揺り戻される景気の波のように、自信がつきすぎて次のステージに進んだ頃に井の中の蛙であったことを知って落ち込んで、地に落ちた自信を取り戻すためにまたがむしゃらに走って、それが新しい自信を生み出す糧となる。


だから自信がない時や落ち込んでいるとき、ちょっとくらいダサくったって見栄張ったっていいし、むしろ張るべきだと私は思う。


来年から新社会人になった私が、また昔みたいにギラギラして見栄張ってたら、そのときは温かい目で見守ってやってほしい。

この記事を書いた学生ライター

Misato
Misato
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イギリスのダラム大学で平和構築の修士課程修了後、パレスチナで活動するNGOでインターンをしています。”フツーな私が国連職員になるために。ギャップイヤー編”連載中。 [email protected]<⁄a>

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