「教師になる」ことだけがすべてだった僕が、地元を飛び出して「教育者」を目指すまで

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自己紹介
名前 鈴木健太郎
出身 静岡県浜松市
所属 静岡大学教育学部3年(休学中)

現在、文部科学省が官民協働でおこなう留学奨学金制度、トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラムの4期生としてサポートをいただきながら留学させていただいております。
留学のテーマは教育で、アジア→アフリカ→ヨーロッパの世界3地域の教育現場で活動しています。(もちろん留学については、今後たっぷりと記事にしていこと思っています。)

「教師になる」ことだけがすべてだった僕が、進学した地元大学を飛び出して「教育者になる」ことを目指すまで

フィリピンの田舎の小学校でインターンをしていた時のある日の授業風景。とにかく子どもはどの国に行っても可愛いものです。

初回の記事は、これから書かせていただいく記事への思いや展望と共に、留学への一つのきっかけにもなった、教師から「教育者」へと自身の夢を変えた経緯を書かせていただきました。

中高の夢「教師になる」ための大学生活へ、しかし…

中高生時代は地元の浜松で市内の学校へ通っていました。自分のセンスの無さと新しく知ったハンドボールという競技への興味から、高校では、中学時代に打ち込んだサッカーではなくハンドボール部へ入部しました。

このように飽き性で諦めグセのあった僕が、中高生時代に唯一変わらず持っていたある一つの夢があります。それが「教師になる」こと。ちなみにきっかけは、中高の時の恩師への憧れと、何かを教えることが好きだったということでした。
教師になる=教育学部という流れを疑いもせず、受験期になると志望校記入欄には、〇〇大学教育学部を並べていました。

「教師になる」ことだけがすべてだった僕が、進学した地元大学を飛び出して「教育者になる」ことを目指すまで

最近全国ロードショーされた青春映画のロケ地にもなったらしい母校。毎日部室から見ていた懐かしの景色。

受験を経て幸いにも教育学部に進学。しかし、大学が始まった当初持っていた「いよいよ夢に向けて学ぶ大学生活が始まる。」という熱いを思いと大学生活への期待は、入学から2週間と持ちませんでした。
期待していた大学生活の蓋をいざ開けてみると、1年次の講義はあまり関心の持てない教養科目ばかりでモチベーションが持てず、サークル・バイトといったものの存在に徐々に関心がいくようになり、当初の「教師になる」という思いはどこかへ行ってしまっていました。

ところがここでも飽き性を発揮します。部活をしていた高校時代には無かった、たっぷりある自由な時間を、サークルや遊び、趣味にひたすら費やす毎日を過ごしていると、いつの間にか大学の講義はおろか、サークルや友達との遊びにまで飽きてしまったのです。「講義→サークルorバイト→自宅」といった日々のサイクルに、1年生の夏を待たずして大学生活に物足りなさを感じるようになっていました。

とりあえず地元を飛び出してみた

大学生活という迷路に迷い込んでしまった自分に、新たなきっかけを与えてくれたのが、向井理主演の『僕たちは世界を変えることができない』という大学生の実話を描いた映画でした。日々の大学生活に飽きてしまった大学生たちが、なんでもないきっかけからカンボジアに学校を建設するための募金活動・カンボジア訪問をするというものです。
まさに当時の自分を投影しているかのようなストーリーに触発され、1年生の夏休みに人生で初めて日本を出て、カンボジアへ行きました。

人生初の海外へ。もちろん不安もありました。ですがそれ以上に、高校時代にそれまで存在すら知らなかったハンドボールという競技に惹きつけられたように、「海外」という画面越しにしか見たことのなかった知らない世界に、何か新しい出会いがあるのではないかという期待感から、いつの間にか異国の地へと足を踏み入れていました。

「教師になる」ことだけがすべてだった僕が、進学した地元大学を飛び出して「教育者になる」ことを目指すまで

初海外カンボジア・シェムリアップの街並み。何もかもが自分にとっては新しい世界でした。

この海外渡航をきっかけに、他の国へ一人旅に出たり、静岡県内・県外問わず、いわゆる意識高い系イベントに参加してみたりと、色々なところへ飛び出して行くようになりました。

飛び出した先にあったもの、それは「海外で長年日本語を現地の人々に教えている人」「仕事を辞めて世界一周をしている人」「起業してアイディアを形にする大学生」といった、様々に今を生きる人たちと「物がなくても幸せに暮らす人々の生活」「家族のために必死で勉強する海外の子どもたちの姿勢」「大学を中退してまで好きなことに取り組む同世代の熱意」といった、今までに経験したことのないモノとの出会いでした。
今まで20年近い人生のほとんどを地元・静岡で過ごしてきた自分にとって、そこでの出会いは大きな刺激となっていきました。

長年の夢を“更新”。「教師になる」を改め、「教育者」を目指す

やっとたどり着いた、充実した自分なりの大学生活を過ごす中で、ふと我に返ったかのように思い出したのが、以前抱いていた「教師になる」という夢でした。
地元から外の世界に踏み込み、多くの人やモノと出会ったことで、今まで当たり前だと思っていた自分の世界が当たり前ではなかったということに、気づかされました。

そんな時、これまで「子どもが好き・教育に携わりたい=教師になる」という選択肢しかなかったことに、自分の持つ世界の狭さを感じるようになりました。実際、現在の教育現場において、教育は教師がするものという認識はナンセンスだと思います。

そこで改めて夢を整理し直して分かったこと。それは「教師になる」ことが変わらず一つの夢である一方で、もっと教育現場や子どもたちに自分が貢献できる方法を、広く考えてみてもいいんじゃないかということでした。

「教師になる」ことだけがすべてだった僕が、進学した地元大学を飛び出して「教育者になる」ことを目指すまで

現地で知り合いになったタンザニア人に連れられていった小さなマイサ族の村。

朝井リョウさんの著書『何者』から言葉を借りるのであれば、自分が”何者になるか”ではなくて、自分が”何を成すか(成せるのか)”ということに重きを置くようになっていきました。
教育に関わるのは教師だけではない、教育に携わるもっと他の方法を探してみようと思ったのです。そこから、教師に限らない教育に携わる人、という意味を込めて「教育者」を目指すようになりました。

こうして大学生活を過ごしてきた僕は、今一年間大学を休学させていただいて、タンザニアからこの記事を執筆させてもらっています。
「教育者」を目指して、僕が次のステップに選んだのは”海外留学”という選択肢でした。次回の記事では、その理由について書いていきたいと思っています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

この記事を書いた学生ライター

Kentaro Suzuki
Kentaro Suzuki
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地元一筋の静岡の大学3年生(休学中)。トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラムの4期生として世界3地域教育留学に奮闘中。教育者の卵の僕が、留学を通して同世代の皆さんに伝えたい思いを、自分なりの言葉で綴っていきます。

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