昨年末、第60回全日本学生競技ダンス選手権大会で優勝し、競技ダンス学生チャンピオンとなった奥野貴さん。大学入学時は競技ダンス初心者であったのにも関わらず、当初から優勝を確信していたと言う彼が語る、クレバーな処世術とは。 1993年生まれ。東京工業大学工学部土木・環境工学科2016年卒業。大学入学時に競技ダンスに出会い、舞踏研究部に所属。2015年12月13日、埼玉県草加市の獨協大学35周年記念アリーナにて、第60回全日本学生競技ダンス選手権大会(東部日本学生競技ダンス連盟主催)にて、東京外国語大学の白石志織さんと組み、ラテンアメリカン・チャチャチャの部において優勝した。
――今日はよろしくお願いします。奥野さんには「文武両道」のイメージを受けたのですが、もともと東工大を志望していたのですか?
奥野:最初は東大にいきたかったんです。けれども、成績に不安がありましたし、現役で合格したかったので結局一つ下げて、東工大になりました。
勉強で培った「努力の仕方」は、ダンスでも活きましたね。大学受験で良い結果を出すには、賢く勉強しないといけないと思うんです。例えば計算ドリルをやみくもに100回やるより、質の良い3回の方が力がつく。そういった「努力の仕方」を、大学受験勉強で学びましたね。結局努力の仕方や理論は、どの世界に行っても同じだと僕は思っています。目的のある努力と言いますか、「賢く努力する」ことが、今までの僕の経験の中で、最もダンスに活きていると思います。
――その「努力の仕方」とは、具体的にどう目標設定されているのでしょうか?
奥野:とりあえず、何をするにも目的がないと話にならないと思うんです。その目標に対して、志を持って何かをやり遂げようとするわけですが、その目標設定が「賢く」ないといけないわけです。
「自分の能力の上限を知っておかないと、うまく頑張れない」というのが僕の持論です。自分の努力の限界の、少し上を目指す。それを目的にプランをたてないと、パンクしてしまうと思うんです。だから、「賢く目標を設定する」ことが大切ですね。後は継続するのみです。
――なるほど。奥野さんは、最初ダンスに興味が無かったけれど、ここまで続けてきたわけですよね。その理由は、どこかの時点で義務感ではなく、面白さを感じるようになったからですか?
奥野:僕が競技ダンス部に入部した理由は、「新入生歓迎会で先輩と仲良くなったから」という、よくあるパターンです。義務だと感じたことは無いですね。最初にダンスを見せてもらった瞬間から、自然と「自分もやりたい」と思いました。
――それは先輩のダンスに憧れたということですか?
奥野:もちろん先輩のダンスに感動したんですが、その時点でなにかしびれるようなものはありました。なんで、自然と自分もやりたいと思ったのかは自分でもわかりません。あとは、誰もが日本一になるチャンスがあることに魅力を感じたからでしょうか。それに、何百人もの人に見られることなんて、人生に何回もない経験ですし。なぜか、入部を決めた瞬間に、「これなら1位を狙える」と思ったんです。
――「本気でやれば一位を獲れるぞ」と確信したんですね。
奥野:そうです。一年生らしくないですけれども、そんな生意気さでスタートしましたね。「いける」と思った。「学生競技ダンスで1位をとること」が、さっき言った自分の身の丈に合った目標だと思ったんです。だから入部の時点で、4年の冬季全日本学生競技ダンス選手権大会の優勝を目指していました。
――どのくらい練習していたのですか?
奥野:空いたらずっとやっていましたね。黙々と一人で毎日4時間、週5日。大学の体育館ではなくて、一般の練習場に行っていました。有料なんですけれども、そこにあえて行っていましたね。
――レベルの高い方のダンスを見るためですか?
奥野:もちろん見たいというのもありますが、こちらが「見せる」というのもありましたね。それと、堕落した環境で練習をしたくなかったということもあります。堕落した環境にいると、自分も堕落してしまうことが分かっていたので。レベルの高い環境に身を置いて、熱い空気を利用しようと思いました。バイトで稼いだお金は全部練習場にもっていかれましたね。
――今でこそ学生1位の奥野さんですが、かつては競技ダンス初心者だったわけですよね。最初はうまくいかなかったり、下手な状態を人に見られるのが恥ずかしかったりすると思うんですけれども、そういう思いは無かったのですか?
奥野:もちろん、つい遠慮してしまうような段階もありました。でも、「根拠のない自信をもつ」ことも絶対に大切だと僕は思うんです。ただし、ただ自信だけがあったり、口が達者なだけでは意味が無いというか、それは賢くない。根拠のない自信はもつんですけれども、ただそれを裏付ける努力はしなさいと自分に言い聞かせてやります。だから委縮をしてしまうこともありますが、絶対に弱いところは見せませんでした。
――なるほど。勉強とダンスの両立はどうやっていましたか?
奥野:どちらも手を抜いたことは無いですね。「何か一つでも妥協したら、他のことも崩れていく」というのが僕の考え方なんです。どういうことかと言いますと、勉強、ダンス、バイトなど、人生を構成している要素があって、熱を注ぐ割合はそれぞれにあると思うんですけれども、例えば僕の生活は、8割がダンスで、2割が勉強、その他は0.1%に満たない。でも2割しか割けないからといって、妥協したくない。2割の中で100%やる。その他の0.1%の中でも、その0.1%なりに100%やると。そのどこかで少しでも妥協してしまうと、人間としての価値が100から90とか80に下がってしまうと思うんです。だから勉強が抜けると、ダンスに割く割合は変わらないんですけれども、全体として人間が下がってしまうので、必然的にダンスも下がってしまう。何かをおろそかにしたら、絶対に他の何かにツケが回ってくるんですよね。
――これまでに何かをおろそかにしてツケが回ってきた経験があるから、そう思うようになったということですか?
奥野:失敗した経験があるからというよりは、今までこの努力の仕方で成功してきたから、これからもやっていく、という感じですね。失敗を反省するより、成功を振り返ったほうが楽じゃないかなと思いますし。
――例えば大学受験では、東京大学をあきらめて東工大にしたわけですが、それは失敗とは捉えていないんですか?
奥野:全然思っていないですね。もちろんずっと一番志向でいかないといけないと思いますし、数字にはこだわるべきだと思うんですけれども、結局自分の人間力が100であればいいと思っているので。二位とか三位だったとしても、自分がどれだけのクオリティのものを生み出したかが一番重要だと思います。
――東大には及ばないと判断したため、東工大に目標を変えた、ということですか?
奥野:はい、そうです。勝てない商売をしたくなかったんです。例えばいくら志が高くてサッカーが好きだとしても、「今からサッカーの選手になって、香川選手を超える」という目標は無理な話ですよね。そう考えると、東大受験は目標設定を間違えたのかもしれないですね。ダンスにおいては、「チャンピオンになれる」と確信して臨んでいました。1位になれるかどうか、不安に思ったことは無いですし、常に1位であることをイメージしていました。
――勝てる見込みがあったらそこへ向かって進み、勝算が無いと思ったら違う目標に切り替えて、そこに向けて全力投球するということですね。今後に関して何か目標は考えているのですか?
奥野:特には考えていないですね。ダンスも一区切りつきましたし。点数を獲る、単位獲る、そしてダンスで頑張るという、大学生の頃にはあった目的がないので、もしかしたら人生で今一番無駄な時間を過ごしているかもしれないですね。強いて言えば今後についてじっくり考えることが目標、目的かもしれないです。
――そういう目的のない時期は好きではない?
奥野:大嫌いです。一日ぐうたらする日もあったほうが良いと思うんですけれども、それが続くと気持ち悪くなってくるんです。辛い自分が好きなんですよ。
――ストイックですね。
奥野:改めて人生を振り返ってみると、目的を持って自分を律していた時期に、最も人間力が高まっていたのがわかるので、ストイックなのが好きなのかもしれないですね。辛い自分が、頑張っている自分が、すごく好きです。
――競技ダンスにはパートナーがいますよね。パートナーはどういう存在なのですか?
奥野:一緒に戦っていくわけですから、まさに一心同体という感じですかね。
――白石志織さんと組んで優勝されていますけれども、目標設定する上で、二人の気持ちを合わせることは難しくありませんでしたか? 二人ともうまくなりたいとは思っていても、それが「優勝したい」なのか、「入賞したい」なのかという、モチベーションの違いがあるかと思うのですが。
奥野:僕たちは特別なケースで、シャドーという、他大学の余った人同士で組んだカップルなんです。それに大会1か月前くらいに結成した異例カップルなんです。
通常だと、入部して二年生になると固定カップルを決めて、その後3年間ずっと同じ人と一緒に踊るんですよ。でもどうしても人数に男女差が出てしまって、僕の部では男性が余ってしまったんです。なので、他の大学で余っていた学東京外国語大学の白石さんと組むことになりました。みんなが3年間組んで最後の大会に臨む中、僕たちは組んで1ヶ月くらいで大会に臨みました。
全日本戦の前に1つ大会があって、その大会では、カップル結成が2週間前でした。何しろ大会2週間前なので、白石さんは不安がっていて最初は組むことを断られそうになったのですが、僕が「日本一にさせるから、ついてきてくれ」と言って無理やり引っ張ってきたんです。結局2週間頑張って、その大会で優勝し、その後の全日本戦でも優勝できました。正直なところ、入賞か優勝かなんて考える余裕もなくただひたすら練習でした。と言いつつも優勝しかお互い頭になかったです。
――白石さんを巻き込んだのですね。
――長期的な目標はありますか?
奥野:具体的にはないですけれども、僕は絶対失敗する道は選ばないですね。勝てない勝負はしない。挑戦をしないということではなくて、先ほどのサッカーで香川選手を超える話みたいに無謀な賭けはしないってことです。「成功するために頑張る」という以前に「失敗しない道を選ぶ」ことが大切だと僕は思うので。どんな道に進んでも、今までと同様に自分の目標をしっかり立て生きていくと思います。というより、そういう人生にします。
――勝算がなさそうなものにどうしても惹かれてしまったことはないのですか?
奥野:勝算があるから惹かれているんだと思います。
――ありがとうございます。では最後に読者にメッセージをお願いします。
奥野:今回話したように、賢く努力することが大切だと思います。賢く努力をしないと、報われないことが多いです。ただ、やみくもに努力してみることから始めることもいいと思います。何かを得ることができるかもしれないですし。努力は本当に楽しいですし、素敵で素晴らしいものです。
あとは、ずる賢く、打算的に、計画的に、いろいろ考えて生きていくということですね。それは堅苦しい生活かもしれないですけれども、賢く物事を見て、捉えて、クレバーに生きようと僕は思っています。そういうふうに生きてみると、人生が本当に豊かになると思います。自分に納得できる人生になると思います。何事も「クレバーに」に尽きますね。