昨年、バイリンガルお姉さんによる幼児のお迎えサービス「お迎えシスター」をリリースした樋口亜希さん。彼女が日本の大学をやめて北京大学に進学した理由、そして、リクルートを退社して起業した理由とは。
1989年1月生まれ。北京大学国際関係学部卒業。株式会社Selan代表。2、3歳の時に中国・武漢、10、11歳の時にアメリカ・ボストンで暮らす。高校卒業後単身で北京に渡り、9ヶ月間毎日15時間の受験勉強を経て、北京大学入学。リクルートホールディングス、リクルートキャリアに入社し、同社退社後に株式会社Selan代表取締役就任。バイリンガルお姉さんによる語学教育サービス「お迎えシスター」を展開する他、インタビューサイトbelongの運営、YouTubeチャンネル「Akiの落書きチャイニーズ」配信なども行っている。
――樋口さんは様々な事業をやっていますよね。まずはインタビューサイト「belong」とYouTubeチャンネル「Akiの落書きチャイニーズ」、それぞれの事業を起こしたきっかけを教えてください。
樋口さん:最初に始めたのが「belong」です。私は大学卒業後、リクルートで2年弱働いていました。海外から日本の就活を見た時に、日本の就活はなんだか不思議に思えたんです。「個性を表現する場」であるはずの面接で、真っ黒のリクルートスーツで、みんな同じようなことを言う……。でも、それは学生の問題ではなくて、「皆と違う人」を白い目で見る風潮が問題だと思ったんです。そういう就活システムと日本の風潮を変えたいという思いで、就活業界に一番影響力のあるリクルートに就職しました。
人のキャリアに関わる仕事をする中で、だんだんと自分が人生のキャリアをかけてしたいことが見えてきました。私は「グローバル×教育×キャリア」にすごく興味があることに気づいたんです。日本人が世界に出て行くこと。いつしか、そのバックアップをしたいと思うようになりました。その想いは日に日に強くなり、「自分で何かしてみよう!」と決意し、リクルートを卒業しました。
でも、実はやめた時にはまだ、グローバル、教育、キャリアという3つのキーワードしか決まっていなかったので、具体的に何をしようか、ベンチャー企業で2ヵ月間アルバイトをしながら考えました。そして、「ハッピーに生きている人に、まず話を聞きに行こう」と思ったんです。実際に聞きに行って、ハッピーな人たちからインスパイアされて、私も幸せな気分になりました。だから「この喜びを独り占めしているのはもったいない」と思い、みんなに共有すべく始めたのが「belong」です。
YouTubeチャンネルは、友だちに「中国語講座やってみたらいいじゃん!」と気軽に言われたことがきっかけで、「Akiの落書きチャイニーズ」というチャンネルを始めました。中国語って、大学の第二外国語で履修している方なども多いんですが、発音が難しくて、結構最初の段階で諦めてしまう方が多いんです。でも、実は最初のハードルを乗り越えるとすごく学びやすい言語なんですよ。日本人は語学に対してハードルが高いと考えている人が多いので、このチャンネルを通して、「間違えてもいいから、とりあえず話してみることが大事」ということが伝わったらと思っています。
――その後に、バイリンガルのお姉さんが幼児のお迎えをし帰宅後に英会話のレッスンを行うサービス、「お迎えシスター」を立ち上げていますよね。何かきっかけがあったのですか?
樋口さん:「お迎えシスター」のアイディアは私の原体験から生まれました。私の両親は私が小さい頃から共働きで、私と6歳下の妹をお迎えに行くことが難しい状況だったんです。そんな時に両親が思いついたのが、家の近くの大学の学生寮に「うちの娘2人を迎えに行ってくれる人募集」の張り紙を貼ることでした。
それからは、毎日いろいろな国の留学生のお姉さんが家に来てくれるようになって、私と妹の送り迎え、宿題のフォロー、そして家事のお手伝いをしてくれました。月曜日はカナダ人、火曜日はマレーシア人、水曜日はトルコ人というように、色んな国の方が来てくれ、毎日のようにお姉さんたちの国や育ってきた環境について教えてもらいました。
私と妹にとっては、語学を教えてもらったことよりも、「世界にはこんなに色々な人がいて、こんなに違う人たちで成り立っているんだ」と小さい頃に家に居ながら体験できたのが、すごく良かったと思っています。
もう1つ大きなきっかけは、小学校の高学年の時にアメリカで暮らしたことです。日本だとなかなか、「国」や「民族」としてのアイデンティティを意識する機会は少ないと思うのですが、アメリカでは、みんな両方を意識して生きていました。例えば、アメリカの独立記念日にはみんな広場に集まって花火を見たり、小学校では毎朝胸に手を当てて、国旗に向かって誓いの言葉を言っていました。一方で、みんな自分のアイデンティティーをとても大切にするんです。例えばユダヤ教の方々はハヌカという祭典を大切にしていたり。それぞれの民族が自分のルーツを大切にしながら、自分が住んでいる国を尊重しているのが、幼心にとても衝撃的でした。
私は、それまで母方のルーツである中国をそこまで意識したことがなくて、どちらかというと封印したいと思っていました。でもそのアメリカでの経験がとても衝撃的で、私も日本と中国のハーフとして、中国のバックグラウンドを大切にしないと、自分を半分否定することになると気づいたんです。そこから中国に対しての印象が変わりましたね。
――自分の半分のルーツに対してのネガティブなイメージというのは、日本人ばかりの世界の中で、自分だけが半分違うことにコンプレックスを抱いたということですか?
樋口さん:「違うことは良くない」という風潮が日本にはあるので、中国人の血が半分入っていることや、多国籍のお姉さんたちが家に出入りしている家庭環境に、あまり自信が持てなかった時期はありましたね。何か言われたわけでもなく、ひどいいじめに遭ったわけでもないのですが……。「私は他の人とは違う」と、自分で勝手に決めつけていたのかもしれません。
――青山学院大学で半年間大学生活を送った後に、北京大学受験を決意されていますよね。なぜ北京大を受験しようと思ったのですか?
樋口さん:青学が不満だったのではなくて、再チャレンジしない自分が不満だったんです。本当は行きたい大学が別にあったのに、そこに落ちて青学に入学したので、再チャレンジせずにいたら、一生後悔するだろうなと思いました。それで、どうせなら自分のルーツである中国にある、北京大学を受験することにしました。母が中国人とは言え、その当時の私は中国語がほとんど分からなかったので、受験に向けて中国語の勉強を始めました。
――日本の教育と北京大学での経験を比べてどうですか?
樋口さん:私は昔から暗記ものが好きで、百人一首とか、世界史の年号を覚えるのとか大好きでした(笑)なので、詰め込み型の日本の教育は意外とフィットしていたんです(笑)
でも北京大学だと、暗記以上にディスカッションの時間がすごく多いんです。暗記するだけじゃ何の意味もない。インプットしても、それを活かせないと何の価値もないんだということを身を以て実感しましたね。手を挙げないと誰も聞いてくれないし、誰も振り向きもしてくれない世界に飛び込んで、アウトプットをすごく意識するようになりました。
中国は「出る杭は打たれる」どころか、「出る杭しか生き残れない」世界なので、みんな生きるエネルギーがすごいです。よくニュースで目にする中国人の爆買いエネルギーが、勉強に向かっていると思っていただければ想像がつくかと思います(笑)中国の大学生は勉強が第一なので、ほとんどアルバイトもしていないし、日本ほどサークルも多くない。みんな、毎日10時間ぐらい図書館にこもって勉強しているような状況でした。
また、勉学に反する行為をすると即退学になります。私のクラスでも2人退学になりました。1人はカンニング。テスト中に見回りの先生が5人ぐらいいるんですよ。その子は、カンニングペーパーを持っていたことがばれて、5分後にはその場で退学書を書かされ、次の日から姿を現さなくました。もう1人は、提出したレポートの内容が8割くらいネットからの引用だったので、退学になりました。本当に容赦無い厳しさでした。
さらに、単位をとれていても、常に平均点以下だと、退学。2学期連続で平均点以下だとアラートが鳴り、3学期目も平均点以下だった場合は、自動的に退学になるんです。私の場合、言語の壁があったので、試験のたびに「退学」という文字が頭をよぎっていました(笑)
――樋口さんは、今までいろいろな国の人たちと接していますよね。世界の他の国と比べて、日本人学生が優れていると思うところを教えてください。
樋口:個人的には、主に2つあると思います。1つ目は、勤勉さ。これはよく言われることですけど、他の国民には真似できない勤勉さがあると思いますね。
――それは北京大の学生の勉強の集中力とはまた別のものですか?
樋口:ちょっと違うと思っていて、中国の学生は、「将来こういうふうになりたい」「それは自分にメリットがある」。だから頑張る。一方、目の前に課されても、自分の成長につながらないことや、自分に関係のないことに対しては、一切動かないんですよ。だけど日本の学生は、チームのことを考えて、目の前のことをきちんとこなせる。その力が、中国の学生とは違うところかなと思いますね。
2つ目が、挨拶の多さですね。「ありがとう」「すみません」「ごめんなさい」。相手に対しての敬意を最初にきちんと表現することができると思います。挨拶がきちんとできる人は信頼できますし、一緒に働いていて気持ちがいいですよね。私も今学生さんと一緒に仕事していますが、本当に信頼しています。
――逆にここが足りないというところはありますか?
樋口:私は起業してみて、やりたいことがあるのは幸せだと思いましたが、日本の学生は「やりたいことが分からない」という人が多いので、それを見つける作業が最優先だと思いますね。
――どんな作業だと思いますか?
樋口:色んな人に会うことだと思います。私も「belong」を始めたことで、「お迎えシスター」を思いついたので。「belong」を始める前は3ヵ月で300人くらいにお会いしたのですが、その方々のアイデンティティを聞く中で、自分のアイデンティティについても考えるようになって、やりたいことが見つかったんですよ。
――北京大受験も起業も、最後の一歩を踏み出す時の後押しは何ですか?
樋口:「絶対後悔しないか」をいつも基準にしています。北京大を受けると決めたのも、リクルートをやめて起業しようと決めたのも、「再挑戦しなかったら一生後悔するだろうな」と思ったからです。「今やらなかったら、一生後悔する」こう思えるタイミングって、人生にたくさんないと思うんです。なので、そう思った時は、自分の直感に従うようにしています。
――「お迎えシスター」を立ち上げるにあたり、経営者としての苦労はありますか?
樋口さん:なかなか会社らしくならないことですね。会社らしくするのってすごく大変だなと痛感しました。いつまでたっても、目の前の小さな業務に追われている感じです(笑)
――お迎えシスターの「先生」を雇う時に面接をされていると思うのですが、自分が面接する側になった今、思う事はありますか?
樋口さん:「自分はこういう人間だ」と示すエピソードが自分のルーツに基づいていると、やはり説得力がありますよね。
例えば、お迎えシスターに入りたい理由として、「子どもが好きで、子どもといると楽しいんです」と言われるよりも、「私には10歳下の弟がいて、うちの両親は共働きで忙しいので、物心ついた時から私が弟の面倒を見てきました。だから好きというより、得意だと思います」と言われた方が、説得力があるじゃないですか。その人の生い立ちや成長の過程が垣間見えた時、心の距離が一気に縮まる気がしますね。
――なるほど。自分のルーツは絶対に変わらないし、嘘をつけないですもんね。「お迎えシスター」をやっていて良かったと思った瞬間はどんな時ですか?
樋口:レッスンを見ていて、先生と子どもがケラケラ笑い合っている姿が一番嬉しいですね。私たちは「子どもたちに、ロールモデルを。」というコンセプトをかかげているので、ロールモデルになれるような素敵なお姉さん、素敵な先生を、子どもたちと引き合わせられていることが、その笑顔で伝わってくるんです。
――女性の起業家が少ない現状についてはどう思いますか?
樋口:女性は結婚や出産などキャリアプランを立てるのが難しいとよく言われますが、
私は女性こそ起業が合っていると思うんです。会社で働いていると、働き方において、自分の思い通りにいかないこともあると思うのですが、起業家は、働く場所も時間も、全部自分で決められる。女性に向いている職業だと、自分が始めてみて思いました。ただ、立ち上げはやはり大変なので、私も今奮闘中ですが、生活スタイルを自分で決められるし、自由度が高いので、多くの女性に挑戦して欲しいです!
――ご自身のライフプランはどうですか? 例えば子どもが生まれても、仕事を続けていきたいですか?
樋口:そうですね。体が動く限り、ずっと続けていきたいです!私はどちらかというと、ゼロから1を作る方が好きなので、今後、たくさんの事業を作っていきたいです!
――今後、他にやりたいことや、今の事業をこういう方向で広げていきたいなどはありますか?
樋口:中期的な目標として、幼児に特化したグローバル教育ができる学校を作りたいと思っています。それがフルタイムの学校なのかアフタースクールみたいな形なのかはまだ分からないのですが。
あとは、世界中の子どもたちとのネットワークやコミュニティとして、「子ども国連」を作りたいんですよね。世界中の子どもが集まって、自分の国についてプレゼンする、国際連合の子どもバージョンができたらいいなと思っています。
長期的には奨学金制度を作りたくて、財団を作って資金を集めて、夢があるけれどネットワークや資金が足りなくてそれを実現できない子たちを、バックアップするような仕組みづくりをしたいと考えています。
――最後に、読者にメッセージをお願いします。
樋口:多くの日本人は、先ほども申し上げた通り、勤勉で、一緒に働きやすい素晴らしい国民性だと思うのですが、と同時に、気負いやすいというか、張りつめてしまう傾向もあると思うんですよ。自分で自分にプレッシャーをかけてしまう。
私もたまに考えすぎてしまって、苦しくなることもあるのですが、いつもそういう時は「ま、いいや!」と強制的に気分を切り替えるようにしています。立ち止まって考えるより、少しでも進んでいく方が得られるものは多いと思うので。ちなみに、本当に「ま、いいや!」と言っています。意外と、声に出すと本当にそう思えてくるんです。皆さんも、是非トライしてみてください!(笑)