パンドラの箱とは、ギリシャ神話における天の神ゼウスがあらゆる災いを封じ込めてこの世にもたらしたものです。決して開けてはならない禁を破った瞬間、その箱からはあらゆる害悪が飛び出し、人々に苦しみを与えました。しかし、箱の底にはたったひとつだけ希望が残されていました。
今回は、環境破壊によって滅びの危機に瀕している我々に残された最後の希望が、もしかしたらこの日本という国に秘められているのかもしれないという話をしようと思います。
先日、東京へ行く用事があり、予定の合間を縫って明治神宮を参拝しました。
私は東京に着いたその日の日没前と翌日の早朝に、2回訪れました。
早朝に訪れた際には、出勤前のサラリーマンが神妙な面持ちで参拝している様子や、通学前の女子高生の姿も見られました。澄み切った朝の静けさの中での参拝は、身も心も引き締まるようでした。
前後しますが、暮れ方に訪れたときには、国内外からの参拝客で大変賑わっていました。
このときに奇妙に思えたことが一つありました。
外国人参拝客のカメラを向ける先です。
日本の伝統美を感じさせる社殿や鳥居などを好んで撮りそうなものですが、なぜか神域の森にカメラを向ける参拝客がたくさんいるのです。さらに興味深いのは、社殿や鳥居、境内の武道館などの建物は1、2枚撮影して終わるのが、神域の森は何度も同じアングルで繰り返しシャッターを切っているのです。
明治神宮・神域の森
明治帝と昭憲皇太后の遺徳を偲び、御祭神として祀るこの神社は、70万平方メートルもの広大な神域の森を原宿の野に構えています。常緑広葉樹の大木が鬱蒼と生い茂り、荘厳さすら感じさせるその森にカメラを向けたくなる気持ちは私もよく分かるのですが、繰り返しシャッターを切る様子がどうも奇妙に思えたので、外国人参拝客の一人に思い切って尋ねてみることにしました。
私「何を撮っていらっしゃるんですか?」
客「そこの木々と川を」
私「何枚も撮っていらっしゃるように見受けましたが」
客「どうにも上手く撮れないもので。写真に切り取ってスクリーンで見ると、何か違う気がする」
その参拝客がカメラを向けている先は、言ってしまえば至って平凡な風景でした。それでも写真に残したいと彼に思わせる神秘的な雰囲気が漂っており、それに魅せられて彼は何度もシャッターを切っていたのでしょう。何か、写真には撮れないものを撮ろうとしているように感じられました。
自然は実に様々な表情を見せます。その雄大で美しい姿で我々を感動させ、豊かな山海の恵みを与えてくれることもあれば、自然災害によって我々の命を脅かすこともあります。
また自然界には気の流れ、エネルギーの流れのようなものが存在していると言われます。野生の動物たちはそれを敏感に感じ取ることによって天候の変化や自然災害、敵の接近などを事前に察知します。また、修験道などの大自然の中での厳しい修行を経験した人は、森の息遣いから天気の変化が事前に分かるようになるそうです。その正体や原理はまだ解明されておらず、また冒頭の「気の流れ」といった表現が適切なのかどうかも定かではありませんが、そのような超常的なものが存在していることは確かだと言っていいでしょう。
自然とのより密接な関わりの中で生活していた古代人たちも、そうした自然の持つ神秘を敏感に感じ取っていたに違いありません。
この国の神道という原始的自然信仰は、簡潔に言えば、そうした自然界の神秘を「八百万の神々」として神格化するなかで発生したものでした。
「神道に、教祖も教義もない。
この島々にいた古代人たちは、地面に顔を出した岩の露頭ひとつにも底つ磐根(岩の根本)の大きさをおもい、奇異を感じた。畏れを覚えればすぐ、そのまわりを清め、みだりに足を踏み入れてけがさぬようにした。それが、神道だった」(『この国のかたち』)
「日本のような山あり川あり谷ありの錯綜した地理風土では、この山に神がいて、あの谷川にも神がいて、どうしても一神教的思考が成立しにくい」(『司馬遼太郎対話選集』)
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そもそも宗教の良い面とは、合理的ではあるがその合理性の説明がつかないものを、信仰というブラックボックスの中に放り込んで人々を合理的な方向に導く点にあります。イスラム教では一日5回のお祈りが定められていますが、このお祈りの所作は心身の健康維持に様々な点で有効であることが科学的に明らかにされています。そのことを経験的に知り得ていた古代の賢人が、しかしその有効性を言葉で説明するのは難しいので、神から命じられたこととしてお祈りの習慣を根付かせたのです。
また豚肉は「羞恥心を失う」としてその食用が禁じられ現在もハラールから除かれていますが、起源をたどると、どうも古代に豚から感染する病気が存在すると考えられていたようです。そこで、「羞恥心を失うから食用はならない」という神の言葉をつくり上げることで蔓延を防ごうとしたのでしょう。
このように、宗教で定められた習慣や約束事というのは、実は非常に合理的な要因に根ざしていることが多いのです。それを説明抜きに人々に実践させるための道具として、創造主というのは大変便利な発明でした。聖書やコーランとはよほど頭の良い人物によって書かれたに違いありません。
余談が過ぎました。話を神道に戻しましょう。
自然は我々に恵みをもたらす存在であると同時に脅威を与える存在でもあります。度を超えた人為によって調和を壊すと、災害や生態系の崩壊など様々な形でしっぺ返しをくらいます。ゆえに自然からの恵みに頼って生きる古代人たちは、自然との適切な付き合い方を習慣化する必要がありました。
神道を始めとする自然信仰は、自然の持つ美しさや厳しさ、また説明のつかない自然現象に神性を与えることで、自然を畏れ敬い、適切な距離を保って共存することを生活習慣に根付かせる意図を持っているといっていいでしょう。
「北海道の網走の市営住宅に、戦前、日本領樺太にいた老婦人が住んでいる。
彼女はウイルタといわれる北方少数民族で、サハリンにいたときはトナカイ飼育の小さな社会に所属していた。
網走川の河畔の市営住宅での彼女の暮らしは、古神道のとおりというほかない。前夜、雨がふると、朝から森に入って、キノコをとる。森は、彼女にとって神そのもので、神殿にいるような敬虔な心を持している。キノコをとればその場所に感謝のお供えをし、余分にはむさぼらない」(『この国のかたち』)
ここまで神道というものの成り立ちとその概念を紹介しましたが、この明治神宮の神域の森は、実は人口の森なのです。それも、まったくの荒地に植林され、つくられてから100年ほどしか経っていないのです。さきほどの外国人観光客がそれを知れば、きつねにつままれたような思いを抱くことでしょう。
しかし私はこの森に非常に大きな魅力を感じます。なぜなら、この森とその成り立ちこそが、人類のあるべき自然との向き合い方を体現しているように思うからです。
原宿の荒野に広大な神域の森をつくるというこの大事業を託されたのは、日本最初の林学博士・本多静六でした。
彼が目指したのは、常緑広葉樹が鬱蒼と生い茂る、太古の原生林の姿でした。植林計画をあらわした「明治神宮御境内林苑計画」には、
「永久ニ荘厳神聖ナル林相」
を目指したとあります。つまり、人が手をかけなくとも永遠に続く森を目指した、ということです。
この計画には時の首相・大隈重信が反対し、伊勢や日光のような杉の林が相応しいとしました。本多は土地の痩せていることなどを挙げ、千年以上続く森は常緑広葉樹の原生林でなければならないと主張し、これを認めさせました。
日光の杉林 (出典:http://nikkodayori.blog.so-net.ne.jp/2007-08-23)
本多たちの計画はまことに奇抜で、およそ150年かけて太古の森を完成させることを目指しました。それは、最初に計画的に植林し、あとは人の手をかけずに放置するというものでした。
本多たちは、松などの針葉樹を多く植え、その間に常緑広葉樹を植えてゆきました。
まず痩せた土地に強い針葉樹で森の形をつくった上で樹木間の競争を促し、時間がたつにつれて成長の早い常緑広葉樹が台頭し、太古の森の林相に近づけるという計画で、植林からちょうど100年を迎える昨年に大規模な調査が行われましたが、本多たちの予想より50年早く、すでに太古の原生林ができあがっていたそうです。
また、森が自然の営みを続けるために人があえて手伝っていることが1つあります。
(出典:NHKスペシャル「明治神宮 不思議の森〜100年の大実験〜」)
”掃き屋さん”と親しみをこめて呼ばれる彼らは、参道の落ち葉を掃き集め、これを捨てることなくせっせと森のなかへ還してゆきます。
実はこれは先の林苑計画書が細かく指示していることで、
「落葉ハ一見無用ノ廃物タル観アリト雖モ、落葉ヲ採集除去スルコトナケレハ樹木ハ常ニ栄養足ル」
とあり、落ち葉を無駄にせずに自然のサイクルに還す作業を100年間守り続けてきました。
こうして100年が経過したいま、森は豊かな土壌を得て、3000種もの動植物が暮らす原生林へと成長しました。
結果的に、荒野に太古の原生林を発生させるというこの壮大な実験は成功しました。林苑計画に携わった本多たちの態度に見られるのは、自然ができるだけ自然の力でその営みを維持していけるように努め、人の手は必要最小限にとどめるという姿勢です。これこそが、我々の自然との付き合い方のあるべき姿であり、ひいては環境問題に対して我々がもつべき考え方であるように思います。
「環境保護」というのは、今日我々がしきりに耳にする言葉です。あえて批判的すぎる見方をすれば、この言葉自体が、我々の思い上がった考え方を顕しているようにも思えます。
我々人類は自然の保護者ではなく、この地球の主でもなく、もっと言えば我々は自然の恵みに生かされています。一神教が人類を自然の支配者であると規定し、それが我々の社会を発展させ、同時に環境問題を引き起こす遠因にもなったことは以前「絶対に知っておきたい誇るべき日本の宗教観」という記事で述べました。
自然の支配者ではありえず、保護者でもなく、では我々は自然の”何”であるべきなのか。
私は、よき隣人であるべきだと考えます。
隣人どうしに主客の差はなく、一方が他方を搾取することもなく、必要以上にお節介を焼くこともなく、たがいに気持よく暮らせるように適切な距離を保ちながら持ちつ持たれつ、ときに協力しながら、敬意をもって共生します。
もし現状のまま無節操な搾取と破壊を続ければ、人類はこの星もろとも滅びるほかないでしょう。『2052 今後40年のグローバル予測(ヨルゲン・ランダース著)』によれば、人為によってむこう40年で地球上の生物の1/4は絶滅に追いやられ、気候変動は歯止めがきかなくなり、GDPの大部分を資源枯渇、環境汚染、気候変動の回復に費やさねばならなくなるといいます。古代人たちが畏れた「自然界のしっぺ返し」が、現実にすぐ目の前に迫っているのです。
手遅れになる前に、先進国でありながらも自然信仰の民の面影を残す我々が、率先して「自然のよき隣人」としての生き方を世界に示してゆくべきであると思います。環境問題が真の解決の糸口を見出すにおいて、日本という国が鍵となるであろうことを私は予感しています。
アメリカの海洋生物学者で、『沈黙の春』を著してひとびとの環境問題への認識を大きく変えたレイチェル・カーソンは、その晩年の著書『センス・オブ・ワンダー』の中で以下のように述べています。
「人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。
わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけ出すことができると信じます。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力を保ちつづけることができるでしょう」
我々の先祖が岩の露頭ひとつにも奇異を感じたように、自然の神秘におどろき、感動する心を私たちは等しく持っています。山の雄大さに目を見張り、森の静寂に溶け込み、渓流のせせらぎに耳をかたむけ、春を待つ花のつぼみを愛で、鳥の歌声に心躍らせる。それがどれだけ心地よく充実した体験であるか、私たちは五感の奥底で知っています。またそうした自然とのふれあいが、本質的な幸福をもたらすことをレイチェル・カーソンは確信していました。
また紀元前5世紀ごろのギリシャの医師で、医学の父とも呼ばれるヒポクラテスは、
「人間が、ありのままの自然体で、自然の中で生活すれば、120歳まで生きられる」
と言ったそうです。
近年、「自然欠乏症候群」なるものが話題になっています。具体的な症状や病名はないものの心身の状態がすぐれず、だるさや無気力を感じたり不眠症をわずらったりする人が増えており、その原因を「自然が足りない」ことに帰する考え方を指します。ここでは詳細な説明は差し控えますが、近頃の休日菜園や有機栽培、アウトドアレジャーなどの流行は、多くの人々が「自然が足りない」ことに対して本能的に危機感や不幸を感じている証左といえるでしょう。
現代社会が行き詰まりを見せ、物質的な豊かさによる幸福が疑われつつあるいまこそ、地球の美しさに思いをはせ、自然とともに生きる幸せに立ち返ってみることに大きな価値があるのではないでしょうか。自然を愛し、自然の「よき隣人」となることで、地球環境が守られるだけではなく、我々自身も忘れかけていた幸福を取り戻すことができるでしょう。
「英語教育を通してアンビシャスな人たちの夢を叶える力になりたい」という夢を実現するため、日本人に最適な語学教育のあり方を求め米国ボストンに留学。現在は日本に帰国し、語学教育事業に注力中。帰国後も執筆の機会を頂けたことに感謝しています。大阪大学4年生。