ボストンで過ごし始めて6ヶ月近くになりました。
先日、「語学留学に期待するな!言語習得に必要なのは環境ではなく努力」という記事に大いに共感し、英語教育に関わる人間として私も第二言語習得の観点から留学について起稿しようと思い立ちました。
残念ながら私も、長期間の留学を経ても十分に英語を話せない日本人学生をたくさん目にしました。私の通う学校では、6週間ごとの試験をパスすればレベルが一つ上がります。自然、長く滞在すれば上級レベルのクラスに所属する可能性は高くなりますが、試験は得意な日本人、発話力やリスニング力が不充分なまま上級レベルに加わっているケースは少なくないように思います。日本人によくあることで耳に新しい話でもありませんが、じかに目の当たりするとやはり改めて危機感を覚えざるをえません。この稿では、日本人学生が留学の経験を語学習得の面で最大化できない原因と、それを解決するためにすべきことをお話したいと思います。
本題に入る前に、少しみなさんの英語力を測ってみましょう。
以下に、先日新聞で目にした単語をいくつか引っ張ってきました。多くが、政治・経済・その他のニュースの中でよく使われる語彙です。
意味が取れて正確に発音できる単語はいくつあるでしょうか?
volatile
allegedly
advocate(n/v)
plummet
inaugurate
proprietary
hostile
expertise
subsequent
subsidize
municipality
reconcile
austerity
次に、先日パリで起こった銃撃事件に関する記事から拾ってきた語句を並べてみました。いくつ英語に直せるでしょうか?
風刺画
風刺的な
過激派
言論の自由
射殺する
原理主義
人質
商業捕鯨
いくつ答えられたでしょうか。
「ナメてんじゃねえぞ(怒)」という方は素晴らしいと思います。
さて本題に戻りましょう。日本人の「英語が話せない」というのは、以下の5項目に起因しています。
①語彙力が足りない
②単語を知っていても正しい発音を知らない
③(②も手伝って)充分に聴き取れない
④発話にリズム感・スピード感がなく、スムーズでない
⑤そもそも話すべき内容を持っていない
語彙力と一口に言っても、上で取り上げたレベルの語彙が操れないとネイティブや欧州・ラテンの優秀な学生と対等に議論できません。また、これらを欠くと適切なタイミングで効果的な発言をすることが難しくなり、発言の機会が自然と限られてきてしまいます。また、頭の中で語彙を探し英作文をしながらノロノロと発話するというのは、当然のことながら相手を退屈にしてしまいます。
日本人の多くが抱えるこうした短所は、原因を何か一つに絞れるほど単純で根の浅い問題ではありませんが、最も大きな原因は「渡航前の準備不足」であると思います。
私は、語学習得の点での留学の経験というものは、足し算ではなく、もともと持っている語学力に掛け算されるものだと考えています。出国前までに身につけているものが多ければ多いほど、渡航先での経験もレバレッジが効いてより有意義なものになります。現地で同じ100の経験をするとしても、もともと持っている英語力が100の人と200の人では帰国時の習得度の差は歴然です。
先生や他の学生の話が9割理解できる人は、6割しか理解できない人よりも高い次元での議論が展開できますし、余裕がある分、知らなかった1割の習得も効率的にこなせます。
「6割しか理解してない人のほうが学べることがたくさんあるじゃないか!」なんてお願いですから言わないでください。これは根性論で済む話ではありません。授業中の指示すら十分に理解できずに何が学べると言うのでしょうか。自分の考えをスピーディかつ効果的に伝えるための英語力も持たずに何が経験できるのでしょうか。まして伝えるべき意見すら持っていないというのでは話になりません。ゆえに私は、先述の記事中で述べられていた、
”肝心要は当人の努力であり、環境ではない。「留学するだけで出来るようになるだろう」という考えは、あまりに楽観的で、自信過剰、傲慢とまで言えるでしょう。慢心せず自分を見つめ、謙虚に毎日努力することで初めて、語学留学は意義あるものになります。”
という言葉に加えて、留学での語学習得成功の鍵として「事前準備の重要性」を話したいと思います。
悲しい事実ですが、我々日本人は生まれた時点で英語習得に関して大きな遅れをとっています。
アメリカ国務省が、国務省に採用されたエリートが諸言語を習得するのに必要な研修時間を公開しています。(出典:http://www.etn.co.jp/approach/period.html)
英語話者のエリートが諸言語を学習する際の目安なのでそのまま当てはめることはできませんが、いかに日本語が英語と距離のある言語であるかを語るには十分です。印欧語族圏の学生に比べ、日本人は産声をあげた瞬間から大きなディスアドバンテージを負っていることが一目で分かります。
この条件の差は、特に語彙力の面で強烈なハンディを生んでいます。例えばフランス語などは英語とおびただしい数の単語を共有しています。ほんの一例を挙げると、
(英語)=(フランス語)
significant = signifiant
provoke = provoquer
rapport = rapport
attention = attention
reconciliation = réconciliation
torment = tourment
といった感じです。”attention”のようにスペルが全く同じというものも少なくありません。”rapport”などは発音ごとそのまま英語に持ち込まれています。
フランス語が例として最も顕著ですが、他の印欧語も多かれ少なかれ同じような調子です。
オーストリア人の友達と英語でメールをしていて、たまに非常に難解な語句が使われていて驚かされることがあります。「こんなんメールで使わんやろ(汗)」とツッコミたくなるのですが、どうやら彼女の母語であるドイツ語で類似の語彙があるらしく、当然のように使ってきます。
このように、ヨーロッパやラテンアメリカの学生は我々ほどの苦労もなく広範で難易度の高い話題を扱えるようになります。同じ学習量、非効率な学習法で留学に臨んでも彼らに敵うものではありません。先に挙げた英単語も、かなり英語ができる日本人3人に訊いても2、3しか答えられなかったのが、ヨーロッパ人のクラスメイト3人はほぼ完答してしまいました。(出典:http://commons.wikimedia.org/wiki/File:IE_countries.svg)
ですから語学面で留学の効果を最大化したければ、現地でせっせと語彙力強化に励むのは賢明とは言えないでしょう。抽象的な概念を多く学ぶ大学生レベルでは、母語での思考力をテコにして学習するほうが効果的なことが多いので、ただ単にボキャブラリを鍛えたければ日本で勉強しているほうがコスパも効率も良いのです。ゆえに留学先での望ましい努力とは、既習の知識をフルに活用しながら各国の生徒たちと切磋琢磨して発話・議論の訓練に時間とエネルギーを注ぐことであり、そのために必要な語彙力などの基礎的な英語力強化は留学中ではなく出国前に済ませておくべきなのです。上述の5項目のうち、
①語彙力が足りない
②単語を知っていても正しい発音を知らない
③(②も手伝って)充分に聴き取れない
④発話にリズム感・スピード感がなく、スムーズでない
を解決する効果的な英語学習法はこちらで紹介しています。
次の章では、残りの
⑤そもそも話すべき内容を持っていない
について詳しくお話しします。
英語力を高めるのと同時に、その英語で伝えるべき内容も持っている必要があります。先生や友達に日本のことについて質問されたのに、そもそも自分の国のことをよく知らないがために答えられなかった、というのはよく聞く話です。
彼らはときに驚くべきステレオタイプを持っていることがあります。(日本では忍者が未だに職業として存在している。etc)このようなことを真面目な顔で訊いてくるので仰天するのですが、これに対して日本の文化・風習・社会について詳しく説明できるだけの知識を持っていれば、conversation starterとして機能し友達も作りやすくなるでしょう。
また、世界で起こっている出来事にもアンテナを高く張っておくことをオススメします。他の学生が漏れなく知っていたことをクラスの中で私一人だけ知らなかった、というのもまんざら珍しいことではありませんでした。同じ事件に対しても捉え方や着眼点が異なるため、話が食い違うこともよくあります。
Charlie Hebdoの銃撃事件を例に挙げてみましょう。
ヨーロッパの生徒はこれを言論の自由の是非に止まらず、移民の増加とそれによる雇用機会喪失など、社会システムの根幹に関わる問題として単なるテロ事件以上に広く深刻に捉えています。クラスメイトの一人、ベルギー人のニコラスのFacebookページはしばらく事件関連の投稿やシェアで埋め尽くされていましたし、同じくベルギー人のクラスメイト・エミリーは、パリでの大規模な開催に合わせてボストンでも開催されていたデモに参加していました。オランダ人のバートは事件に関する記事を敏感にチェックしていて、クラス内で最新の情報を共有するのはいつも彼でした。この事件が彼らにとっていかに関心の高いものであるかが伺えます。アジアや日本国内で起こっていることに対して、我々はこれほどの関心と当事者意識を持って接しているでしょうか。
また、彼らの発言はいつも意見と理由が伴っており、議論に慣れておらず言うべき意見すら持っていない日本人は圧倒されます。彼らは情報の受信と意見の構築・理由付けがセットなので、どんなときでも自分の考えを即座に堂々と表明します・振られて初めて自分の意見を探し始める我々は、レスポンスの遅さと意見・根拠の浅さを晒すことになります。ベルギー人のニコラス(左)とエミリー(中央)
留学先での経験を有意義なものにするためには、英語力だけでは不十分です。所詮は伝達の手段に過ぎない英語だけ持っていても何も生まれません。英語力が不十分でも伝えたい内容さえ頭の中にあれば、なんとかして伝えようと足掻くことができますが、そもそも足掻くことができなければ発話力を鍛える機会すら得られません。
自分の国のこと、世界で起こっていること、そして自分自身のことを堂々と話せるように普段からアンテナを張り意見を持つ癖をつけるようにしましょう。
まとめると、留学を経ても英語が話せないのは、話せるようになるためにするべきことをしていないからであって、才能でも機会の有無でもありません。必要な事前努力を怠っているがゆえに話せないのです。そしてその努力の欠如は、多くの場合「留学に行きさえすれば…」という幻想から来ているものだと理解しています。
しかし言い換えれば、正しい努力さえ積めば誰でも英語ができるようになる、ということでもあります。渡航前にしっかり準備をすればするほど、留学先で得られる成長と自信はより大きなものになります。
刺々しい言葉が並んだかもしれませんが、私はより多くに日本人学生が留学を有意義なものにしてくれることを願わずにはいられません。そのためには、我々は日本人としてのハンディキャップを自覚すべきです。そして英語でコミュニケーションが取れている人は、そのことに誇りを持ってください。欧州やラテンの学生よりはるかに多くの障害を乗り越えてあなたはそこに立っているのです。それから、留学を控えている人は、ぜひ出国前の準備の大切さを心に留め置いてください。たくさんの経験と学びと、それから一生の友達を得て帰国してくれることを願っています。
「英語教育を通してアンビシャスな人たちの夢を叶える力になりたい」という夢を実現するため、日本人に最適な語学教育のあり方を求め米国ボストンに留学。現在は日本に帰国し、語学教育事業に注力中。帰国後も執筆の機会を頂けたことに感謝しています。大阪大学4年生。