ーーどうしてエスノグラフィーを専攻しようと思ったんですか?
田中研之輔(以下、田中):社会科学では、質的なアプローチは少数派です。「数字が全てのリアルを語る」といった量的なアプローチが科学の正統性を帯びています。しかし、私はむしろ素データに挙がっていない声、そもそも対象にされていない声など、数字からこぼれてしまったものこそにリアルが宿ると感じていたんです。そこで調べてみると、フィールドワークやエスノグラフィがまさに声なき声にフォーカスできるアプローチだったのです。
ーー具体例で言うと?
田中:私の書いた『丼屋の経営』という本から具体例を挙げましょう。この本では、私自身が5年間フィールドワークをしていた牛丼屋で、売上国内1位を達成した店舗経営の極意を明らかにしました。牛丼屋は大手チェーン店で国内に1000以上の店舗があり、経営陣はその多数に上る店舗を売上高の数字で管理していました。
しかし、数字を見てA店の売上が良いとわかっても、A店の売上がなぜ良いのかまでは分かりません。何故ならば、1,000以上の店舗を抱えていれば、規模感、立地条件、スタッフの構成、年齢、性別、人数などが似ている店舗がいくつもあるからです。
となると、A店の業績が良い理由は、A店の中に入ってみないと分かりませんよね。そこでA店の中に入って判明したことは、その店舗のカリスママネージャーの声かけが、スタッフ同士の結束力を深め、結果的に売上に結びついているということでした。
ーーでは、コンサルタント的な立ち位置で経営にも活かせるということですね。
田中:イメージは近いかもしれません。企業の問題を解決して利益を出してあげるコンサルタントと比べて、エスノグラファーは問題解決を目的としているので、コンサルタントの一歩手前くらいの立ち位置といえます。組織に対して「今、こういうことが起きています」というメカニズムを診断してあげる、いわば「組織のドクター」です。
田中:1つ興味深く感じているのは、就活において「5〜6社内定をもらえる学生」と「どこの企業からも内定をもらえない学生」の二極化が進んでいることです。そして大抵、5〜6社内定をもらえる学生は、業種や業界を問わず内定をもらっているんです。つまり、企業が欲しがる人材は業界・業種を問わず、似通っているということです。
ーー傾向として、最近の企業はどのような学生を欲しがっているんですか?
田中:私は「ストレッチが効く人材」と認識しています。たとえば何かの仕事をするときに、「なんでそんな作業が必要なんですか?」と噛み付く前に、一旦素直に「分かりました」と言って引き受け、その仕事を吸収し、自分の力に変えていける人。組織にとっては「なんで」と言っているその時間がロスになってしまうからです。ストレッチという言葉を言い換えれば、素直な人、吸収力がある人、しなやかな人のことですね。
その点で「内定をもらえる学生」と「もらえない学生」の二極化は、ズバリ「大学生活の4年間で自分を変えていける学生」と「変えていけない学生」とも言えます。今、企業がほしがっている人材は、変化することを恐れず、与えられた環境に柔軟に適応していける人です。
ーー大学では「ストレッチの効く人材」を育てるため、どのような授業を行なっているんですか?
田中:今行なっているのは、3〜4人でグループを作り、自分たちで問いを立て、その問いに対するアプローチ法、分析、解決法を出すグループワークです。また、一人が大勢に対してプレゼンする機会、自分の考えを述べる機会をたくさん設けています。大学ではレポートやテストで「自分が理解していること」を示せば評価されますが、社会では自分の頭で理解していても口に出さなければ意味がありません。
さらに、周りにいる人たちと意見を交換しながら調整をして、一つの方向性に持っていく必要があります。ですから、自分の考えをしっかり他人に伝えて、周りの人としっかり意見のやり取りをできる力を鍛えることに重点を置いた授業を展開しています。
ーー今、たとえば田中教授の授業を受けている学生は、自分を変える機会に出会えると思うのですが、そういった機会に巡り会えない学生もたくさんいます。そのような学生が「ストレッチの効く人材」になるには、どうすればいいですか?
田中:自分を変える環境に身を置くことです。僕はその一手として、インターンをお勧めします。
単純労働のアルバイト経験が「働き方」だと思い込んでしまったらもったいないことだと思うんです。時間は有限です。大学生活もあっという間に過ぎていきます。ビジネスシーンに入り込んで実践的な経験を身につけたほうが自分のためになります。
インターンでは、社会人の先輩が、事業を作っていく本気の姿を見ることができます。そうやってリアルな現場を肌で感じることで、ビジネスシーンで求められるにニーズを掴み、社会との距離を縮めることができるんです。
田中:そして何より、インターンでは、リアルな働き方の中のフィードバックをもらえます。そのフィードバックを大学の理論と擦り合せ、思考を深める。そしてまた会社でビジネストレーニングを積む。
私が「変化」と呼んでいるのはこの日々積み重ねていくビジネスワークアウトからもたらされるものです。1日限りの形式的な会社説明会に参加しただけでは、会得することはできません。ですから、リアルな日常生活の中で調整していける長期インターンはとても合理的なんです。10年間教員をやってきて、「この子は内定は厳しいな」と思っていた学生が、中長期のインターンを経て、第一志望群の大企業から内定をもらい、その後もバリバリ第一線で活躍するという見事な成長を遂げる学生を何人も見てきました。
ーー話が変わりますが、グローバル化が進む昨今の社会を考えると、将来若者が戦わなくてはいけないのは国内にいる相手ではなく、海外の人や企業になってくると思います。田中教授ご自身が海外の大学に通っていた経験も踏まえて、今の日本人学生、日本の大学に足りないものは何だと思いますか?
田中:先ほどの話にも関係しますが、自らを変えていくための行動と、そのための環境が欠けていると思います。日本の大学には、学力や経済力など大きな観点から見たときに、極めて同質な人が集まります。そうすると、社会的境遇が似ている同質な人間が、大学で仲間集団を形成します。しかし、社会に出ると、色々な価値判断をもつ人を一緒に仕事をしたり、さまざまなコミュニケーションを取らなければなりません。学生のうちに異質なものをどれだけ吸収したか、異質なものへの「包容力」を養っておくことは、社会に出てからの「ストレッチ力」に大きく関係してきます。
私は、自分とは異なる環境にいる人との交流の機会を積極的に作るように心がけています。キャリア体験の授業に、さまざまな業界で活躍する人を特別ゲストにお招きして、働き方や生き方について学ばせてもらっているのは、そのような狙いがあるからなのです。
ーー今、世間でも日本の大学の変革について議論が交わされていますよね。現状を踏まえて、日本の大学はこれからどのように変わっていくべきでしょうか。
田中:企業アレルギーをなくすことが必要だと思います。というのは、大学を卒業した学生のうち約95%は社会に出て働くのにも関わらず、働くことについて学べていないのです。大学=内定を目的とした職業予備校では困りますが、人生100年時代を生き抜いていくための足腰となる働き方や生き方を学問として実践的に学べる場にしていくことです。
そういう意味で、大学と社会をつなぎ実践的な知を学べるインターンは有効な教育プログラムだと言えます。所属学部の専門性が働くことから遠い学問体系であるとしても、インターンには自らの意思で参加できます。怖がることなく社会への一歩を踏み出し、社会を生き抜いていくための生きられる知識を実践的に吸収していくようにするのです。
ーー田中教授は民間企業に入る選択肢もお持ちだったと思うんですが、その中で大学教員になる選択をされたのはどうしてですか?
田中:「働く」を専門的に考える現場として大学は最適です。社会学の専門知識から社会事象を分析したり、企業の問題について組織社会学の視点で考えるのは、終わりの見えないやりがいも非常にあります。
加えて、大学教員は毎年次世代が入ってくるのを一番近く見られます。どんな声かけで、いかなるタイミングで、どのようにして学生のスイッチが入るのかを見られる立場に心を惹かれました。
そういう意味で、大学は次世代を担うポテンシャルファクターをもつ若手人材がいかに成長していくかのメカニズムを4年間という時間経過の中で分析していくことが可能な科学的フィールドでもあるのです。最終的には、授業プログラムがもたらした結果を知ることができるのです。もちろんこの「結果」とは狭義の意味での在学生の内定や卒業だけでなく、たとえば10年前の卒業生の現在の様子だってそうです。人が成長する過程を追うのは、社会科学の究極的な課題でもあります。その1つの知見として卒業までに「ストレッチの効く」キャパシティを構築できた学生は、社会に出てからものびのびと活躍しています。
ーー今の女子学生に将来の展望について聞くと、まだ5割が「専業主婦になりたい」と答えるそうです。少子高齢化が進むこれからの社会を考えると、女性が積極的に社会進出をしなければ労働力が足りなくなってしまうと思うのですが…
田中:10年前の学生と比べ、専業主婦の母親を持つ学生は減ってきてはいます。今よりもっと女性の社会進出を促すには、女性のキャリアモデルを提示していくことが大切だと思います。私が開講している授業でも、男性の経営者をゲストとして招くと、女子学生は「自分たちはこんな風にはなれない」と感じてしまうようです。
「働きながら子育てをしたら子供がかわいそう」とか、「兼業主婦だと家庭がないがしろになってしまいそう」と思い込んでしまっているんです。ならば反対に、働く人でありながら、母親でもある女性の話からどのような要領でそれぞれの仕事をこなしているのかを知流ことができれば、「自分たちもこんな風になれるんだ」と具体的なイメージを抱くことができるのです。
働きながら育児をすることが難しいと決めつけて二の足を踏んでいるのは、全部未経験の中の架空の想像です。大学生の大半が仕事や育児は未経験ですし、周りにどちらも実現しているキャリアモデルがおらず、想像が付いていないんだと思います。未経験の選択肢を選ばないことと、経験した上でその選択肢を選ばないのとでは大きな差があります。まずは、未経験ゾーンを知り、選択肢の幅を広げることが大切です。
ーー大学にちょうど10年間いらっしゃって、色々見えてきた課題があると思います。これからはどのような課題に取り組んでいきたいと考えていますか?
田中:新技術や新事業のために「企業」と「産業」と「大学業界」が連携することを示す言葉として、「産学連携」という言葉があります。ですが、いまのところ「産学連携」は、どちらかといえば研究や技術開発に特化した、理系のフィールドで用いられています。
私はもっと「次世代の人材を育てる」ことに特化した産学連携プログラムを走らせたいと考えています。
今はクラス単位で行なっているので、理想としてはこれをもっと学部単位、大学単位にまで広げて、いずれは今よりも大きなスケールで企業との連携したプログラムを進めたいですね。
ーー最後に、学生にメッセージをお願いします!
田中:変わることを恐れないでほしいということです。大学生のうちに、自ら意識的にカルチャーショック経験を積み重ねていくことです。未知なる経験が、自己成長への近道です。あなた自身を自由に変幻させるチャンスなんです。
「海外留学」や「インターン」も異なる環境に身をおき、カルチャーショック経験を積むことができる手段でもあるのです。語学を学ぶことや、ビジネススキルを学ぶことも大切ですが、あなたの価値判断の「外部」に身を置き、その中でさまざまな学びを積み重ねることで、柔軟な社会的コミュニケーション能力やしなやかな思考力が形成されてくるのです。
大学生活というのは、そうした未体験ゾーンを減らしていくロールプレイングゲームとして捉えて、楽しみながら日々、ヴァージョンアップしていきましょう。そうした日々の積み重ねが、今後の皆さんの人生において、大きなリターンを生み出してくれるのです。