ワリス・ディリーから学ぶ「女である」ということ 〜目を背けてはいけないFGM〜

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ワリス・ディリーから学ぶ「女である」ということ 〜目を背けてはいけないFGM〜

こんにちは!中司年音です。今回の記事では、FGM(女性器切除)という日本では考えられない風習によって自身の人生を見つめ直した、ワリス・ディリーという女性について紹介します。

ワリス・ディリーは、『VOGUE』や『ELLE』の誌面にも登場したり、高級ブランドのモデルをも務めた程のトップモデル。しかし、その過去は華々しいモデルのキャリアとは裏腹に、あまりにも壮絶なものでした。

現在人権活動家と活動している彼女の著書である『Desert Flower』は2009年に映画化もされています。それを見て、私自身改めて「性」、特に「女性」について考えてみるきっかけを得ました。

私は、女性と男性では、身体的特徴が違うだけでなく、やはり精神的な考え方の根本も全く違うと感じます。私は、そんな同じ人間でありながら、違う生き物のような男と女が手を取り合って、時にはぶつかり合いながらも懸命に生きているという世の中はとても素晴らしいと思います。また、女性なしには命が紡がれないことを考えると、やはり女性の力は不可欠なものであるはずです。

この記事を読んで下さっている読者の皆さんの性別に関わらず、改めて、あなたにとって「女性」とはどういった存在か考えるきっかけになっていただければ幸いです。

シンデレラストーリーでは決してない、ワリス・ディリーの生い立ち

ワリス・ディリーはアフリカ東部のガラカイオの遊牧民出身で、5歳の時、FGMを施されたそうです。以来その身体的苦痛から、女性であることが忌まわしくなったこともあったと言います。

その他にも、13歳の時、自身の祖父とほぼ同年齢の男性とラクダと引き換えに結婚させられそうになったこともあるのだそう。彼女は一人で逃げ出し、砂漠を越えて母方の親戚のソマリアのモガディッシュに辿り着きました。

1979年になると、駐英ソマリア大使の叔父と共にロンドンに渡り、叔父の下でメイドとして働き始めます。叔父が任期を終えた後は、自国への帰国を拒否。ロンドンで路上生活を経験した後、アルバイトで生計を立てていたといいます。

しかし、そんな彼女にも転機が訪れます。マクドナルドでアルバイトをしていた18歳の時、トップファッションカメラマンであるテレンス・ドバノンに見出され、モデルとしてのキャリアをスタート。以来、有名ファッション雑誌の表紙などを飾ってきました。1997年には、雑誌『マリ・クレール』に対して自身のFGMの経験について明かし、自伝本なども出版。2002年にはFGM廃絶のために彼女はワリス・ディリー基金を設立し、EUなどにも働きかけてきました。

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http://www.venus-fashions.com/tag/fashion/

日本という恵まれた環境で育ってきた私たちにはは、この一連の波乱万丈な彼女生い立ちが、「アフリカ出身の女性のサクセスストーリー」「シンデレラストーリー」に聞こえてしまうかもしれません。

FGMなどの陰惨な思い出の残る故郷を捨てて、ロンドンでカメラマンに見出されたことや、その後の華々しい活動だけにフォーカスすれば、彼女は容姿端麗で運が良かった“アフリカで人生を終えずに済んだシンデレラ”に見えるかも知れません。

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http://www.imdb.com/title/tt1054580/

しかし、彼女のこの壮絶な人生を、そんな綺麗事で片付けることなんてできないと思うのです。国連でのスピーチ映像の中で、「私は6歳の時(FGMを受けた頃)何故女としてこの世に生を受けたのかと考えては泣いていた」「しかし、今私は女性です。女性であることを誇りに思う」と語りました。

わずか、6歳で、普通私たちは「女であること」または「男であること」を実感させられ、自分の性別について深く考えるでしょうか…?FGMによる彼女の心の傷、葛藤を乗り越えてきたゆえの今の彼女の力強い姿は、ただ運よく成功を手に入れたシンデレラの姿ではないと私の目には映りました。

私たちは、どこの国に生まれるか、どこの家族の元に生まれるか、男女どちらの性別に生まれるかといったことを自分自身で決めることは勿論出来ません。しかし、ワリス・ディリーの姿から、自分の置かれた状況、性別を打破して、自身の道を開いていける力が人間には備わっているのだ、と強く感じました。

目を背けないで!FGM(女性器切除)の現実

ワリス・ディリーが5歳で経験したFGMはFemale Genital Mutilation の略称です。FGMは現在もアフリカ30カ国に根強く残る文化であり、中東やアジアなどの地域も含めてFGMを受けた少女や女性は2億人以上にも上るそうです。

FGMによって大量出血で命を落としたり(ワリス・ディリーの姉妹もFGMによって死亡している)、命はあってもその苦痛に苦しみ続けている女性達が2億人もいるのです。FGMの引き金となるのは、コミュニティ内の伝統的な価値観とその家族の社会的対面が根底にあるといいます。

WHOはFGMが行われる理由をいくつか挙げています。

・FGMは社会的慣習である。FGMを受けているか受けていないかで、コミュニティの中で認められるか村八分にされるかが決まる。いくつかのコミュニティではFGMが伝統的慣習であるために、コミュニティ内部の人間はそもそも疑問にさえ思っていない。

・FGMを受けていることによって女性の純潔が示されるものであるという考え。また結婚準備、大人の女性として必要な過程であるという考え。

ワリス・ディリーからFGMについて詳しく知った私ですが、FGMに関する報道の映像や映画で何もわからずFGMを受け、泣き叫ぶ少女の姿に正直、映像を何度も止めたくなりました。また、それに対して「可哀想」という単純な同情や怒りよりも、同じ地球に住んでいて、こんな現実が存在するのか?子供が命を落とすことよりも、慣習に従い、コミュニティでの地位を維持することが大切なのか?と疑問ばかりが湧いてきました。

しかし、私たちが「FGMって何?怖い!信じられない!」と感じることが当たり前なのと同じくらい、地域によってはFGMは当たり前のことなのだと思いました。自分が「当たり前」と思っていることがどれ程脆いものなのかを実感しました。

またFGMは欧米諸国統治からの独立への意識から続いたとも言えるようです。FGMはアイデンティティの証であるとして、アフリカの国々の独立後、多くの国でFGM禁止法が廃止されたと聞きました。

このことからも、FGMをただアフリカの「古い慣習」と言い切ることは出来ませんし、また植民地支配を行ってきた欧米諸国にも責任があるからこそ、全世界の人々が「自分には関係ない風習」「見たくない」と目を背けず、共にFGMの課題に取り組んでいくことが重要なのではないでしょうか?

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https://www.change.org/p/end-female-genital-mutilation-in-india

一人の女性として、私ができること

私は大学の授業で、FGMの話について簡単に聞いたことはありましたが、これまで心のどこかで「自分には関係ない」「ショッキングな事実だから」とFGMの事実から目を背けていました。

しかし、ワリス・ディリーのFGMの経験談や力強い言葉から、私自身が同じ女性として、FGMについてまずは知らなければならないと感じました。また、FGMはただの身体的暴力ではなく、コミュニティという社会での地位、その土地毎の歴史などとも深く関わっており、一概に廃止していけるような単純なものではないことを実感しました。しかし、私たちが同じ人としてこの事実をまず知り、目を向けることは同じ地球を生きる人間として大切なことであると思います。


この記事を書いた学生ライター

Nene Nakatsuka
Nene Nakatsuka
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1997年大阪生まれ。上智大学 総合グローバル学科在学中。将来、自分がやりたい事よりも、何ができるのかを模索中。国内外問わず様々な場所を放浪するのが好きです。特にイスラエル・パレスチナ問題に興味があります。

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