「今日は勤労感謝の日です。みなさんお疲れさまです。僕の学生時代とは比べ物になりませんね。」
テレビで大勢の記者に囲まれている小泉氏を目の前にして、会場にいる大学生からの「どんな話が聞けるんだろう」という期待と緊張が、ふっと緩んだ。
政治家に対する不信感が強い中で、小泉氏はどこか違う、そう感じている人も多いだろう。街頭演説や講演会で、この人は本気でやっているのだと感じさせる。そんな「言葉」はどのように紡ぎ出されるのか。
グロービス経営大学院東京校で開催されたG1カレッジの冒頭で、小泉氏は次世代を担う大学生に向けて「『ビジョンと言葉』〜ビジョンを正確に発信する為に必要な言葉をどう磨くか〜」と題した基調講演を行った。
冒頭の言葉から話を始め、まずは先の大統領選挙を引き合いに出して言葉の大切さと難しさに触れる。
結果が出た後のトランプ氏、ヒラリー氏のスピーチ。
それまでマスコミによって“強さ”という言葉で語られていたヒラリー氏の、表情や声色から「全てを受け入れた人間味を感じられた」とコメント。一方、選挙期間中は“大統領らしくない”発言で物議をかもしたトランプ氏。勝利宣言は、初めて大統領らしいものだったという。
小泉氏は、もし両者がこのスピーチを選挙期間中にやっていたら結果は違ったかもしれない。
そう付け加えた。
小泉氏が話す際に心がけていること、それは「言葉に体温と体重を乗せること」。
7年前、民主党への政権交代が起こった選挙で初当選したときのことを振り返る。
当時は世襲の政治家に対する逆風が強く、自民党への失望感とも相まって、演説をなかなか聞いてもらえなかった。名刺を破られ、演説の横で太鼓を鳴らされ、わざと足を踏まれ…。そんな経験を懐かしむように、明るく語られる苦労話が会場の笑いを誘い、徐々に進次郎節に引き込まれていった。
一度引き込まれてしまえば、スピーチは流れるように進んで行く。
小泉氏が言葉にこだわるのは、過去の選挙で話を聞いてもらえないというこの経験があったから。
どんなに本音で話しても、マスコミは想定した流れに沿う短い言葉しかとりあげない。作られた空気の中で、どうやって自分が本当に考えていることを伝えるかを考えなければならなかった。
演説を聞いてもらえなければ政治家として生きていけない状況で、生き抜くためには言葉にこだわることが必要だったのだと語った。
ポケットにレコーダーを忍ばせて録音した自分のスピーチを、就寝前にベッドの中で聞いたという。
そのスピーチはつまらなすぎて、とてもよく眠れたそうだ。
その時から話し方や言葉にこだわる日々が始まった。
それから数年、小泉氏は他者へかける言葉への意識を徹底してきた。
地道な努力が報われたと思った瞬間、それは、有名雑誌の特集で「世襲こそが革新を生む」というタイトルを見た時だと話す。小泉氏が初当選を果たしたときの逆風とは打って変わって、肯定的な評価が得られるようになったのである。
この経験から、良くも悪くも世の中は変わる、変えられるということを知った。だからこそ、軸となる「自分がどう生きたいのか」を常に持たなければならないと話す。
“伝わる言葉”は体験から生み出される。骨が覚えているくらいの体験をしよう。そうすれば忘れることのない言葉が自分の中に生まれてくる。
それが小泉氏のメッセージだ。
「自分の体験に共感できる人には伝わるが、共感できる体験を持っていない人には伝わらないのでは?」という学生の質問に対して小泉氏は、「100人の内1人に伝わればそれでいい。100人全員に伝えようとするスピーチは“伝わらない”スピーチだ」と答えた。
話す練習をすれば表面的なスキルは上手くなる。しかし伝わる話をするためには、それだけでは不十分。本だけではなく自分自身の経験を直視すること。
何事も急がば回れ。たくさんの骨身に沁みる経験をし、そこからこぼれた言葉を拾うことが一番の近道なのだという。
このスピーチを聞いた300人の大学生たちからは、「すごかった」という感嘆の声が聞こえてきた。
「いろんな失敗をして今に辿り着いていたことを知って、身近に感じた」「学生に伝わる言葉を選びながら、何を話すか、頭をフル回転させているのが分かった」と話す学生もいた。
過去の苦労したエピソードで聴衆との心理的な距離をぐっと縮め、骨身に沁みる経験から紡ぎ出された言葉で会場を一気に惹きつける。
大学生たちの集中力は途切れることなく、30分のスピーチがあっという間に過ぎていった。
◆「G1カレッジ」動画一覧(GLOBIS知見録)http://globis.jp/category/341