1987年生まれ。2007年に東京大学に入学。現在は同大学院博士課程に所属し複雑系を専門とする。中学生の頃に不登校となるが、高校で友人の提案から、一転して東大を目指す。現役合格は惜しくも逃したが、仮面浪人を経てリベンジを果たす。大学在学中はギリシャ・オーストラリアでのマグロ漁など変わった経験をしながらも、2009年に任意団体としてリディラバを立ち上げ、スタディツアープログラムを開始。2012年に一般社団法人格、2013年に株式会社法人格を取得。「社会の無関心を打破する」というテーマを掲げ、社会問題の現場を訪れるスタディツアーなどを企画している。
───「社会の無関心を打破する」というテーマに至った経緯と、事業を始めたきっかけを教えてください。
安部:中学の時、不良だったり、不登校だったりしたことが原体験ですね。中学2年生のときに家庭内で問題を起こし、家にいられなくなったことがきっかけで、路上生活をしていた時期もありました。学校に行かずコンビニの前でたむろしていたときに気がついたんですけれど、本来授業ある時間に学生がたむろしていても、大人ってあんまり声をかけてくれないんです。自分が、不良や不登校という社会問題の当事者になったことがきっかけで、「社会が僕らに関心持ってくれないのはなんでなんだろう?」という思いを抱くようになりました。
そんな中、なんとか高校に進学した後に転機がありました。幸運なことに、当時『ドラゴン桜』という漫画が流行ったことがきっかけで、成績は学年最下位、仮進級だった自分を東大に合格させるプロジェクトをクラスメートが立ち上げてくれたんです。ずっと周りから無視されていては立ち直るきっかけもなかったけれど、周りが関心を持ってくれたことがきっかけで勉強に励むきっかけを得られました。そのおかげで東大に入学してから、色々な社会問題の現場を訪ねて、無関心の構造はどの課題にも内在している構図なんだと分かりました。社会課題に関して、基本的には当事者だけが固まっているけれど、結局当事者だけでは課題は解決しない。非当事者からの関心をいかに持ってもらうかが大事だという思いに至りました。
───関心を持ってもらうための方法がスタディツアーということですね。
安部:そうですね。でも、最初は講演会とかをやっていたんです。性教育の講演会にAV俳優と薬害エイズの被害者でもある参議院議員の方を呼んだりして。当時も今も、セクシャリティに関する活動って女性が主体のものが殆どで、世の男性にリーチできているものが少なかったのですが、そのイベントでは、男性がものすごい集まり、無関心の壁を越えたなという感覚はありました。一方で、講演会という形式を取る限り、そのテーマのカリスマが来るからこそ人は関心を示し集まってくれるのですが、逆に言うとそういうカリスマの協力が得られる課題にしか横展開できないモデルでした。この方法ではテーマを横断して無関心の壁を越えさせるのは難しいのだなと思いました。そこで、仕組みとして課題に依らず無関心を打破できる方法として考えた新しい形態の1つが旅行です。旅行であれば、カリスマがいなくてもなりたつので。
旅行にした理由は2つあって、1つ目は、課題の現場に行って共通体験を持つことが当事者意識を芽生えさせるし、関心を持ち易くなるということ。2つ目は社会課題に触れる時間が、他の方法とは比べ物にならないくらい長いことです。これまでは、その人が新聞やテレビのニュースに触れる15分を、「貧困が問題です」「いや、教育が問題なんです」と奪い合う状態でした。そうではなくて、そもそもの社会問題に触れる時間全体のパイを広げる必要があるんです。無い時間を増やすには別のところから持ってくるしかないですよね。それで旅行という娯楽に社会性を詰め込んだら、可処分時間の中で社会課題に触れる時間が増えると考えたんです。
こうして始まったスタディツアー事業には大きく2つの要素があります。1つ目は、社会課題へのアクセスビリティを担保する、いわば課題への道路を引く事業であり、2つ目は実際に送客して課題の現場へ人を送り込むことです。一般のコンシューマー向けツアーはその道路をひく部分という意味合いが強く、修学旅行等に導入してもらうことが、より多くの人を送客するところになっています。
─── 今、現代の人がすごく忙しいと思っている中で、旅行に社会問題というと、意図とは逆に拘束されるという受け止め方にはならないですか?
安部:人生を変えるための意思決定という観点から見たら、ツアーでの半日とか1日って全然短いと思いませんか? 例えば、みなさん受験勉強のために1年間なんてザラに使うでしょ? それって人生にとって大事なことだからじゃないですか。社会課題という観点で見たらさほど今は大事じゃないかもしれないけれども自分の人生の選択という観点から見たら非常に大事な話じゃないですか。
ツアーに参加して仕事を変えたり、移住したりして、その社会課題の解決のために動く人がいます。この人たちの時間って、1回変わった後に10年や20年の幅の変化があるわけですね。この幅のための、例えば2日間のスタディツアーに参加するってものすごく効率良くないですか? Twitterの投稿を見る2秒で人生は変わらないじゃないですか。じっくり現場に行って当事者意識を持ってもらって、自分のライフワークにしたいって人が、100人、200人の中から1人でも生まれれば価値がありますよね。逆に言えば、我々は社会課題とか関わることを押し付けるのではなくて、みなさんの人生にとって大事なことという文脈付けをやってかなくてはいけないと思っています。
───では、最初の2日間の時間の投資に向かわせるためにどんなことをしていますか?
安部: 無関心な人を動かす方法は基本的に3つです。1つはコンテンツを磨くこと。社員には言い訳を金のせいにするなと言っています。「5000円だから来ないということはほぼないぞ。それは面白くないから来ないんだ」と。
もう1つは強制力を使うことです。うちは修学旅行や企業研修にプランを提供していますが、それらには行かないという選択肢は無いですよね。
そして3つ目が、別の文脈をつけること。例えば就活に役に立ちますよとか。そうしたら、その人が就活に費やしてる時間を社会課題に関わる時間に持ってこれます。ただの旅行と思ったらそうかも知れないけど、自分の次のキャリア選択に活きるなら、ちょっと使ってみようと思う人はいるわけです。
───ツアーを企画する際はどのようなことに気をつけてますか。
安部:現場の方々の声を汲み取ることはかなり意識しています。当事者の方々も無関心を打破しなきゃいけないとは思ってるんです。ただ、日々の活動の中でやりたいことが言語化されていないことが多い。それを言語化してコンテンツに落とす方法を考えるのが僕たちの仕事です。例えば性教育なら、現場の方はもっと男性に知って欲しいと思っている。それならカップル料金というシステムを作って、男性を巻き込んで参加できるようにするとか。現場の声を言語化した上で、それを最大限多くの人に届けることが僕たちの仕事なので、スタッフには現場の方々に寄り添う意識を持たせるようにしています。
──では、無関心が打破された社会はどのようなものになるのでしょうか。
安部:理不尽さがない社会だと思っています。というのも、「なんで?」に答えてくれない大人が、子どもの頃から好きじゃないんです(笑)。「なんで?」に対して、「こういうものなのよ」で済ます大人がすごく多い。関心を持たないで、とりあえずそういうものだからと押し付けて、ラベリングするのが一番楽なんです。子どもも最初は納得できないけれど、いつの間にか年齢を重ねて行く中で、そういうものなのかと思ってしまう。こうやって育った大人が、今度は次の子どもたちに、そういうものなのよって教えている。この不毛な連鎖を断ち切るためには、裏側にある構造そのものを変える必要があると思いました。 本当は僕みたいな「なんで? なんで?」と質問したがる子どもは多いんですけど、ほとんどの子がどこかで誰かにつぶされてるんですよね。それは理不尽だから、みなさんが理不尽さを感じないで意思決定できるような社会を追いたいですね。
──構造そのものを変えるとはどういうことでしょうか。
安部:私たち市民は、持っているお金の一部を必ず社会課題解決のために使わなくてはならず、それは税金ですよね。お金というものは本来何とでも交換できる価値交換のしくみだから素晴らしいわけですが、税金となると使い方が制限されてしまい、ある意味お金よりも劣る別の通貨と見ても良いようなものだと思うのです。そんな税金というものに対して、社会性をちゃんと数値化してスコアリングできるのであれば、社会課題への貢献度によって税金の額を変えるとかっていう形で、お金の自由度を広げることができるかもしれない。より弾力的に社会課題に対応できるかもしれない。あるいは、税金の減額というものにとどまらず、社会性そのものが通貨として機能することができるかもしれない。そうすると、人は善意だけに依らなくても社会を考えられるようになるじゃないですか。そういった社会のインセンティブ設計をうちで作ろうというのは、今やったりしています。現状だと認定NPOへの寄付による税額控除ぐらいしかそういったインセンティブづくりがないので。
民主主義って基本的には非当事者も当事者の課題に関わりましょう、社会全体としてみんなで課題について考えましょうという社会です。その民主主義は、みんなで話し合って意思決定をするということで成り立っていますが、当然ながら効率性が悪く、維持するためにそれなりに社会的なコストを払わなければいけません。なので、そのコストを最低限に抑える努力が必要です。これまでの2000年間、やっぱり努力で抑えられる範囲を超えて、その維持コストが払えなくなったときがありました。そんなときに独裁が起きたりとか、戦争が起きたりするわけです。民主主義のコストを削減する方法のひとつが、みんながよりローコストで社会課題に関われる状態をつくることで、もう一つが、社会課題に関わることがインセンティブとしてちゃんと整備されている状態にすることです。人類全体としてみたときに社会課題に関心を割けるパイは、時間的にも、経済的にも限られています。その配分コストの効率化とパイそのものの拡大の両者をしようとしているわけです。その状態なら、社会課題に関わることが利益になるからみんなが関わってくれるし、みんなが社会のことをよく知ってくれてるから、議論の際に「そもそも論」をしなくてすむじゃないですか。それって民主主義の維持コストがすごく下がりますよね。
── 壮大ですね。
安部:壮大じゃないですよ。ハーバーマスは、人間が自分で変えられると思っている範囲を「生活世界」と呼び、変えられない、つまりアプリオリに存在していると認識しているものを「システム」と呼びましたが、僕は偶然的に「生活世界」と認識できる、自分で変えられると思っている範囲が広いんだと思います。
── なるほど、壮大だと思うこと自体、システムを変えられないものと認識している証拠なんですね。
───そのために2016年にやっておきたいことは何ですか。
安部:今ある事業をきちんとスケールアップさせることですね。例えば、移住の事業だったら、現場に行った人の中から、自分で目的意識を持ってそこに移住して課題解決してくれるような人を増やしましょうとか。あとはメディアのチームで言えば、知るべき情報をきちんと伝えるメディアにしようとか。我々は社会課題の現場にいて、一次情報をたくさん持っています。それをしっかり情報として配信していくことができれば、公共性を担う新しいメディアとして機能できる。それが今年の1つの大きな挑戦ですね。
そういった事業ごとにまさに挑戦をしているところなので、どちらかというと内向きのほうが多いです。事業モデルができたし、何をすれば勝てるかもわかっている。あとは組織として強く、きちんと社会を変えるというところまでオペレーションを回していこうということですね。リディラバという組織が強くなることが、社会に対して還元できることが多い状態になってきたので。
───将来的にリディラバはどんな会社にしていきたいですか?
安部:社会のインフラになることを目指しています。蛇口をひねって水が出るのと同じぐらいに、自分と直接関係のない課題に関心を持って、その現場に行くことが当たり前にならないと、社会が変わったとは言えません。そんな社会を作るために、生活圏よりちょっと離れている社会に触れるためのインターフェースとして、我々は存在していたいと思っています。社会を保守点検する仕事と、社会を塗り替える仕事のどちらをやりたい?
──リディラバを起ち上げるまで、就職活動とかはしなかったんですか?
安部:大学3年生の時、就職活動を知らなかったんです。もともと東大に文系入学したのですが、3年生のときに理転したということもあり、当時は勉強とリディラバの起ち上げに夢中でした。それで気がついたら就職活動たるものが終わっていた感じです。実際その時から、会社というものに入社するイメージもなかったし、どこがいい会社というイメージも全く持ちあわせて無かったんです。同じく修士一年の時も、研究やリディラバで忙しくて就活は考えなかったですね。
そもそも僕は基本的にやりたいことがあってそれをやっていたし、「大学生は就職活動をするものだから」という社会からの押し付けも好きじゃなかった、というのもありますけどね。
──では、一切業務経験もないまま起業されたんですね。インターンも検討しなかったんですか?
安部:インターンもしなかったんですが、やっても良かったなとは思います。当時は一部のIT系の企業が学生インターンの受け入れを始めていたし、そこから巣立った人が事業を起こして成功した人もいます。リディラバを起ち上げた頃は、サービス設計をどうすればいいかも手探りだし、もっと基礎的なレベルでは請求書の書き方すらわかってませんでした。そういうビジネスとして何かをやるために必要な基礎を学ぶのであれば、インターンは効率的な学びの方法かもしれないですね。
──では最後に読者に対し、学生時代どういうことをしたらよいか、メッセージをお願いします。
安部:就職活動やインターンの話も有りましたが、それはどういう自分のキャリアを理想とするかにもよると思います。僕は仕事には2種類あると考えています。社会を保守点検する仕事と、社会を塗り替える仕事です。社会を保守点検する仕事においては、既に存在が当たり前になったものに関して如何にトラブルなく円滑に機能させ、利益を得るかということが目標になります。具体的な事業の成長スピードでいうと年数%で安定、2桁成長なんて継続したら相当なもんでしょ。一方で、社会を塗り替える仕事は、今はまだ社会にとって当たり前じゃないものを新しく作っていく仕事だから、年数%なんてスピードでやってても絶対に達成できない。年1,000%、2,000%レベルでどんどん成長するサービスでないと生き残れない。そのくらい厳しい環境だけど、代わりに事業が成功したら、新しい専門分野産業を生むことにもなるし、その専門分野の先駆者にもなれる仕事なんです。Googleが生まれるまでにSEOのコンサルなんていなかったでしょ?
自分が社会を塗り替える仕事をしたいのであれば、そういう企業にインターンさせてもらって、体験して学ぶのは良いと思います。やっぱりいくら本で勉強したところで実業はできないし、きちんと体験をして腹に落ちた状態じゃないとうまくいかない。でも、そうやって社会を塗り替えるスピードで仕事をしているような企業でも、本当に自分たちがやろうとしていることやその提供価値を言語化できていなかったり、そもそも時間と人が足りないからインターン生を育てる余裕がなかったりする場合もあると思うので、そういうスクリーニングは必要だと思います。
社会を保守点検する仕事をしたいのであれば、そのまま大企業のインターンに参加するのが一番効率的な学びになると思います。大企業の方が人を育てるために割ける時間的余裕が相対的には大きいので。ただし、研修マーケット全体に目を向けると年々研修費に使われるお金は減っているので、大企業であれば必ず育ててくれるというのもまた、幻想となりつつあるのかもしれません。
インターンはあくまでひとつの学びの手段ですし、こだわり過ぎる必要はないと思います。仕事の進め方や細かいマナーを学ぼうという小志にとどまらず、是非、思考力を磨くことをするべきだと思います。自分が積極的に何かを考えなくては行けない環境が既に担保されているならそれでもいいし、そんな環境が大学の中で担われていないのであれば、良いインターンに参加して、考える力を磨くのも一策だと思います。
僕個人のキャリア観でいうと、社会を塗り替える仕事の方が圧倒的に魅力的だと考えています。極論、人工知能技術やIoTがどんどん発展していけば、人類が生存するための限界費用はどんどん下がっていき、ベーシックインカムのように生きるための食べ物は勝手に機械が作って配ってくれるような時代だって来てもおかしくないじゃないですか。キャリアを考えるときに、果たして食べていくためのライスワークのようなものをやるのか、それともとにかく自分がワクワクできるライフワークをやるのか、どちらが自分にやりたいことかを考えて欲しいと思います。だって仕事をしなくても暮らせる時代が来るかもしれないでしょ。もちろん、今のリディラバは、社会課題を解決することでいかにビジネスとして設けられるかを追求していますが、やっぱり対価をもらえなくてもやりたいような仕事は何か、という問いを持ってほしいなと思います。僕は今も昔も食べていくためのライスワークより、自分が心の底からしたいと思っていることでお金を儲けられるかライフワークがしたいと思い続けています。